緋色の7年間

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平成22年度旧司法試験第二次試験論文式 刑法第1問 ふんわり解説

旧司法試験の解説的な試み。初学者向け(のつもり)。今のところ、解答例なし。

※追記:解答例をつくってみました(→H22刑法第1問解答例

第 1 問

 甲は,かつて働いていたA社に忍び込んで金品を盗もうと考え,親友であるA社の従業員乙にこの計画を打ち明けて,その援助を依頼した。乙は,甲からその依頼を受けて,甲のために協力したいと思い,甲に「社員が退社した後に,A社の通用口の鍵を開けておくよ。」と伝えたところ,甲は,「助かるよ。」と乙に礼を言った。 

 乙は,甲からあらかじめ告げられていた犯行の当日,乙以外のA社の社員全員が退社した後,甲に伝えていたとおり同社通用口の施錠を外して帰宅した。甲は,バールを持ってA社の前まで来たが,A社の中に人がいるような気配がしたので,急きょ計画を変更してA社の隣にあるB社に忍び込むことにした。そこで,甲は,B社に行き,たまたま開いていたB社の建物の玄関ドアから誰もいない建物内に入った。甲は,その事務室に入り込み,バールで金庫をこじ開け,その中から現金を盗み,更に金目の物がないかと室内を物色していたところ,机の上に積まれていた書類の束に甲の手が触れたため,その書類の束がB社の従業員丙が退社の際に消し忘れていた石油ストーブの上に落ち,これに石油ストーブの火が燃え移った。甲は,その書類の束から小さな炎が上がり,更にストーブの上から燃え落ちた火が床にも燃え移りそうになっているのを見て,今なら近くにあった消火器で容易に消せるが,このまま放置すればその火が建物全体に燃え広がるだろうと思いながらも,消火のためにここにとどまれば自分の盗みが発覚するのではないかとおそれて,その場からそのまま立ち去った。

 他方,帰宅途中であった丙は,石油ストーブを消し忘れていたことを思い出し,B社に戻り,その事務室に入ろうとしたところ,事務室の床が燃えているのを発見した。この時点でも,まだ容易にその火を消すことができる状況にあったことから,丙は,その火をそのまま放置すれば建物全体が燃えてしまうと思いつつ,今ならまだ近くにあった消火器で十分消せると考えた。しかし,丙は,その床が燃えているのは自分の石油ストーブの消し忘れが原因であると思い,自分の火の不始末が発覚するのをおそれて,その場からそのまま立ち去った。その結果,B社の建物は全焼した。

 甲,乙及び丙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

法務省:論文式試験問題・出題趣旨

※平成22年当時の法令や判例、学説の状況ではなく、今日の状況に照らして論じることにする。

1.行為の分析

甲・乙・丙の罪責犯罪(と責任)を論じるので、「犯罪とは、構成要件に該当する違法かつ有責行為」と定義されることから、まずは問題文からそれぞれの行為を書き出してみる。この際、問題文のはじめに「共謀」のような事実が出てきたとしても、そこに囚われてはならない。あくまでも個々人の単独の行為(単独正犯)として考えていくのが基本である(後述するが、共犯は例外的形式である)。本問では、細かい部分や論じる順序はさしあたり置いておくとして、少なくとも次にあげる行為については論じる必要があるだろう。

  1. 甲:(1) B社建物内に入った行為、(2) 現金を盗んだ行為、(3) 書類の束の火を放置して立ち去った行為
  2. 乙:A社通用口の施錠を外した行為
  3. 丙:床が燃えているのを放置して立ち去った行為 

問題文では乙の行為から書かれているが、乙の行為は単独で法益侵害を惹起する行為(正犯行為)になるとは思われないため、甲の行為との共犯で考えていくしかない。それゆえ、共犯の実行従属性から、甲の実行行為(正犯行為)を先に論じなくてはならない。また、丙の行為は第二段落では出てこないので、素直に時系列通りに論じればよいと考えられる。したがって、甲→乙→丙の順で罪責を論じることが適切であろう。

2.甲の罪責について

甲の行為は実行行為そのものなので、(司法試験レベルでは実行行為を行う従犯という概念はまずありないので)共謀に触れずに、(1) B社建物内への侵入行為、及び、(2) 現金を盗んだ行為について、あっさり建造物侵入罪(130条前段)と窃盗罪(235条)を認定してよい(成立は明らかなので、一行認定も不要かもしれない)。

甲の行為において問題となるのは、(3) 書類の束の火を放置して立ち去った行為であり、不作為による非現住建造物放火罪(109条1項)が成立するか否かである。特に論じるべき点は、保障人的地位(作為義務)の認定と、後続の丙の不作為の介在因果関係に影響を及ぼすかどうかである。

不作為とは、何もしないことではなく、期待された作為をしないことをいう。不作為犯に関しては、現在では、もはや憲法との抵触について答案で触れる必要はない。端的に成立範囲を限定する観点から保障義務(作為義務)の発生根拠(たとえば、法令、契約、先行行為、排他的支配領域など)をあげ、場合によって作為の可能性・容易性に触れれば足りるであろう。また、作為犯との構成要件的同価値性を独立の要件とする場合には、作為義務の検討で形式的三分説、同価値性の検討で条理や排他的支配領域などを考慮すればよい(答案上は、区別が不自然になるので、同価値性は独立の要件としなくてもよいのではないか。このようなことから、学説では保障人説が通説であり、不作為犯は一種の身分犯として構成されている)。それゆえ、法律論は以下の程度で十分ではないか。

処罰範囲を明確にする必要があることから、不作為の実行行為性が認められるためには、①作為義務、②作為の可能性・容易性を考慮することで、作為犯と法益侵害の現実的危険性が構成要件的に同価値であることを要すると考える。作為義務の発生根拠については、法令、契約、先行行為、排他的支配領域など多元的に考えるべきである。

補足しておくと、多くの人は「不真正不作為犯」と呼んでいるが、厳密に言えばこのような呼び方は誤っている。本当に「不真正」=条文に書かれていない、という意味であるならば、罪刑法定主義に反する(それゆえ、一部の学者は、「いわゆる不真正不作為犯」であるとか、単純に「不作為犯」と呼ぶ)。ただ、試験では気にする必要はない。

因果関係に関しては、本問ではたしかに第三者たる丙の不作為が構成要件実現に寄与しているが、近時の判例(最決平成2年11月20日刑集44巻8号837頁〔大阪南港事件〕など)によれば、そのような第三者行為の介在があったとしても因果関係は肯定できる。ここでは、前田三考慮要素(要件ではない)をあげなくとも、当該不作為にはどういう危険があって、実際の結果はそれが実現したものであるかどうかを論じればよい(危険の現実化)。なお、誤解が多いが、独立燃焼に至ったか否かは、放火罪の既遂・未遂の区別の問題であり、本問のような全焼の結果が帰責されるか否かの問題とは関係がない。論点では、問題意識がどこに置かれているのかを常に考えるべきである。

ただ、因果関係にそれほど紙幅を割く必要はない。これは、「危険の現実化」の基準は、実際には基準として機能していないからである(要するに、単なるマジック・ワードでしかない)。判例において、因果関係が否定されたのは米兵轢き逃げ事件(最決昭和42年10月24日刑集21巻8号1116頁)だけであり、同判例は「危険の現実化」の観点から判断したものとは必ずしも考えられていない。したがって、結局のところ、危険の現実化は条件説と同じであるとも思われ、因果関係の有無が微妙な事案が出題されることはまずないと考えられる。そもそも危険の現実化(説)は、責任段階で過失(具体的予見可能性の要件により帰責範囲を厳格に絞ることを前提にしており、因果関係論だけの問題に収まらない(そして判例は、結果的加重犯における加重結果について過失を不要としているから、判例ベースの試験答案では議論ができない)。試験上、因果関係を論じる意義があまりないのはこのような事情からである(詳細に論じる必要があるケースがあるとすれば、因果関係を否定した米兵轢き逃げ事件か、もしくは、実務家から認定が難しいと言われている高速道路侵入事件(最決平成15年7月16日刑集57巻7号950頁)などに限られる)。したがって、論述に関しては、以下の程度でよいであろう。

因果関係とは、結果の発生を理由として行為により重い違法評価を肯定できるほどの密接な関係をいうのであるから、行為の危険が現実化したときにのみ因果関係を認めるべきである。

(井田良『講義刑法学・総論』(有斐閣、2008年)124頁以下、山口厚『刑法総論 第2版』(有斐閣、2007年)59頁以下参照。)

なお、罪数処理では、建造物侵入と窃盗、建造物侵入と非現住建造物放火がそれぞれ牽連犯(54条1項後段)となり、いわゆる「かすがい現象」が生じることになる(最決昭和29年5月27日刑集8巻5号741頁参照)。本問の場合は、建造物侵入罪のダブルカウントを回避するために、建造物侵入罪を「つなぎ(かすがい)」にした3罪の科刑上一罪が成立する。もっとも、建造物侵入を認定しなければ併合罪(45条)となるところを、建造物侵入を認めたことでそうでない場合よりも軽い科刑上一罪としてしまうことは不合理ではないだろうか。判例のこのような罪数処理には学説からの批判が強いところであり、最初の犯罪行為との間でのみ牽連犯を成立させるなどの工夫があってもよいだろう。 

3.乙の罪責について

続いて、乙の行為の検討に移る。乙の行為に関しては、前述のように単独正犯が成立しないことを確認している。それゆえ、ここでは建造物侵入罪及び窃盗罪の共犯を検討する。このような思考の流れになるのは、共犯単独正犯の修正形態だからである。つまり、個別の犯罪規定(刑法各則)は原則として単独正犯の規定だが、刑法総論において「共犯」の章の規定で例外的に構成要件の修正がなされるわけである。そして、共同正犯(60条)と狭義の共犯(61条以下)の分水嶺は「(共同)正犯性」(具体的には、正犯意思、重要な役割、重大な寄与、機能的行為支配など)であった。そこで、まずは共同正犯が成立するか否かを検討しなくてはならない。もっとも、「援助を依頼した」、「協力したい」などの問題文中の表現からすると乙の行為に正犯性はなく、あっさりと狭義の共犯の検討に移ってよいだろう。

ここで、乙は甲のためにA社の施錠を外しているが、甲が実際に犯行に及んだのはB社であった。共犯の処罰根拠は、正犯行為を介した正犯結果の因果的惹起(正犯者を介在させた間接的な法益侵害)にあるから(因果的共犯論ないし惹起説)、乙の幇助行為と甲の正犯行為ないし正犯結果との間に因果関係が認められるか、いわゆる幇助の因果性が問題となる。この問題は、そもそも幇助行為自体が直接に結果を発生させるわけではないことから、幇助によってどのような効果を生じさせればよいのかという問題として理解できる。学説では、危険の増加や強化、促進などの様々な用語で表現されているが、要するに、実行行為を物理的又は心理的に容易にする効果が生じれば足りる。

周知のように、幇助の因果性には高裁判例(東京高判平成2年2月21日判タ733号232頁)があるため、これを手がかりに議論を展開すればよいだろう。なお、同裁判例では、「〔当該〕行為が、それ自体、乙〔同裁判例における正犯者〕を精神的に力づけ、その強盗殺人の意図を維持ないし強化することに役立ったことを要する」として、物理的因果性はもちろん、心理的因果性も認められないものと判断している。仮に因果性を肯定できれば、共犯の錯誤の問題になるが、本問において因果性を肯定することは困難であろう。

4.丙の罪責について

さて、丙の行為の検討に移ろう。基本的には甲の場合と同様に、不作為の非現住建造物放火罪を論じればよい。この際、甲とは異なり、丙自身は火災の直接の原因を作ってはいないが、B社の従業員であり、また、石油ストーブを消し忘れていたこと(危険源の不十分な管理)を評価する必要があるだろう。甲とは作為義務の発生根拠が多少変わってくることに注意されたい。余力があれば、既に床が独立燃焼に至っている場合にも不作為の放火罪が成立するのか、あるいは、多重正犯者(結果の重複評価)の問題に触れてもよいであろう(普通の受験生は書けないように思われる)。

 

なお、出題趣旨は以下の通りである。

(出題趣旨)

本問は,窃盗犯人が知人の協力を得て事務所に侵入して窃盗をしようとしたが,計画を変更して隣の事務所に侵入して金品を窃取した際,過失により出火させながら消火せずに逃走したところ,その後,同事務所に戻ってきた従業員も消火せずに立ち去り,同事務所が全焼したという事例を素材として,事案を的確に把握し,分析する能力を問うとともに,幇助犯及び不作為による放火罪の成立要件に対する理解と事例への当てはめを問うものである。

法務省:論文式試験問題・出題趣旨

 

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