緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

未遂犯と「実行に着手」

こんにちは~(ガクブル)

どんどん冷え込んできましたねー(TT) 寒いのつらいです…(キーボード打つのが)

◆何が問題となっているのか

余談はさておき、今回のテーマは「未遂犯」です。論証的には「未遂犯の処罰根拠は法益侵害の現実的危険性を惹起したことにあるから、刑法43条本文にいう『実行に着手』とは、法益侵害の現実的危険性を惹起する行為を行ったことをいう」で、だいたいおわりです。あとは、判例の具体的な考慮要素を拾えば、一応、勉強したことにはなります。

しかしながら、総論的な未遂犯の問題は、よく考えると壮絶に難しいです。

そもそも、なぜ未遂犯が問題になるかと言えば、文言上は「実行に着手」の解釈対立があるからです。ですが、「具体的危険性」ないし「現実的危険性」の惹起をもって実行の着手を認めるという点で、学説の争いはありません。せいぜい、その危険の内容は「客観的」なものか、それに加えて「主観的」なものも含むのかという点(→「事前判断と事後判断」を参照。なお、井田・講義399頁参照)、そして、これと対応して論じられる実行の着手時期が問題にされるだけですが、「危険」概念自体に既に主観的なものが考慮されていますし、その点についてはほとんど表現の問題に過ぎませんので、結局、理論的対立などほとんどないのではないかとも思われます。

未遂犯の真に難解な問題は、「実行の着手」ではありません。それ自体は、たいした問題ではありませんし、実務上、それほど困るようなことでもありません。問題は、未遂犯が「修正された構成要件」だという点にあるのです。修正された構成要件に該当する行為は、構成要件要素としての実行行為ということになります。このとき、行為無価値論の立場からは既遂結果が不要となり、結果無価値論の立場からは「未遂結果」なるものが要求されたりするわけです。そして、構成要件該当事実の認識としての故意(38条1項)も当然に、必要となります。では、仮にこの実行行為から「既遂」結果が生じたとして、それについて故意も認められそうだとすれば、「既遂」犯が成立するのでしょうか?

なんだか意味がわからない質問のように聞こえるかもしれませんが、これは判例で問題となったことです。つまり、既遂犯の実行行為が存在しないように見えるにもかかわらず、未遂犯の実行行為と既遂結果、因果関係、故意がそれぞれ存在する場合に、いかなる犯罪が成立するのかということです。ご存知とは思いますが、これがクロロホルム事件(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁)の最大の争点です。この問題は、「早すぎた結果の発生」や「早すぎた構成要件の実現」と呼ばれたりもしていますが、もう少し刑法理論的に言い換えれば、「未遂犯の実行行為から既遂結果が生じた場合」の処理が問題となっているということです。成立を検討するのは既遂犯ですから、具体的には、次の2点が問題です。

  1. 既遂犯としての実行行為性があったといえるか
  2. 既遂犯としての故意があったといえるか

判例の展開

(1) クロロホルム事件

長いですが、クロロホルム事件の事実関係を引っ張ってきました。事例判断なので、事実関係を全部引用するしか方策はありません…

(1) 被告人Aは,夫のVを事故死に見せ掛けて殺害し生命保険金を詐取しようと考え,被告人Bに殺害の実行を依頼し,被告人Bは,報酬欲しさからこれを引き受けた。そして,被告人Bは,他の者に殺害を実行させようと考え,C,D及びE(以下「実行犯3名」という。)を仲間に加えた。被告人Aは,殺人の実行の方法については被告人Bらにゆだねていた。
(2) 被告人Bは,実行犯3名の乗った自動車(以下「犯人使用車」という。)をVの運転する自動車(以下「V使用車」という。)に衝突させ,示談交渉を装ってVを犯人使用車に誘い込み,クロロホルムを使ってVを失神させた上,a付近まで運びV使用車ごと崖から川に転落させてでき死させるという計画を立て,平成7年8月18日,実行犯3名にこれを実行するよう指示した。実行犯3名は,助手席側ドアを内側から開けることのできないように改造した犯人使用車にクロロホルム等を積んで出発したが,Vをでき死させる場所を自動車で1時間以上かかる当初の予定地から近くのbに変更した。
(3) 同日夜,被告人Bは,被告人Aから,Vが自宅を出たとの連絡を受け,これを実行犯3名に電話で伝えた。実行犯3名は,宮城県石巻市内の路上において,計画どおり,犯人使用車をV使用車に追突させた上,示談交渉を装ってVを犯人使用車の助手席に誘い入れた。同日午後9時30分ころ,引地が,多量のクロロホルムを染み込ませてあるタオルをVの背後からその鼻口部に押し当て,cもその腕を押さえるなどして,クロロホルムの吸引を続けさせてVを昏倒させた(以下,この行為を「第1行為」という。)。その後,実行犯3名は,Vを約2㎞離れたbまで運んだが,被告人Bを呼び寄せた上でVを海中に転落させることとし,被告人Bに電話をかけてその旨伝えた。同日午後11時30分ころ,被告人Bが到着したので,被告人B及び実行犯3名は,ぐったりとして動かないVをV使用車の運転席に運び入れた上,同車を岸壁から海中に転落させて沈めた(以下,この行為を「第2行為」という。)。
(4) Vの死因は,でき水に基づく窒息であるか,そうでなければ,クロロホルム摂取に基づく呼吸停止,心停止,窒息,ショック又は肺機能不全であるが,いずれであるかは特定できない。Vは,第2行為の前の時点で,第1行為により死亡していた可能性がある。
(5) 被告人B及び実行犯3名は,第1行為自体によってVが死亡する可能性があるとの認識を有していなかった。しかし,客観的にみれば,第1行為は,人を死に至らしめる危険性の相当高い行為であった。

この事実関係から、第1行為と第2行為が検討の対象となっていることは明らかです。

  • 第1行為:多量のクロロホルムを染み込ませてあるタオルを被害者のの背後からその鼻口部に押し当て、クロロホルムの吸引を続けさせて被害者を昏倒させた行為
  • 第2行為:ぐったりとして動かない被害者を自動車の運転席に運び入れた上、同車を岸壁から海中に転落させて沈めた行為

このほか、第1行為と第2行為のいずれから結果が生じたのかは分からないという点に注意が必要です。ただし、どちらかの行為から結果が生じていることは確定的です。

そして、決定文はこちらです。

上記1の認定事実によれば〔=事例判断〕実行犯3名の殺害計画は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上,その失神状態を利用して,Vを港まで運び自動車ごと海中に転落させてでき死させるというものであって,第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること,第1行為に成功した場合,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや,第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと,第1行為は第2行為に密接な行為であり,実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから,その時点において殺人罪実行の着手があったものと解するのが相当である。また,〔…〕実行犯3名は,クロロホルムを吸引させてVを失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げたのであるから,たとえ,実行犯3名の認識と異なり,第2行為の前の時点でVが第1行為により死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,実行犯3名については殺人既遂の共同正犯が成立するものと認められる。そして,実行犯3名は被告人両名との共謀に基づいて上記殺人行為に及んだものであるから,被告人両名もまた殺人既遂の共同正犯の罪責を負うものといわねばならない。したがって,被告人両名について殺人罪の成立を認めた原判断は,正当である。

(2) 実行の着手の要件

本題とそれますが、一応、よくある誤解について触れておこうと思います。

この判例から、実行の着手の要件を次のように導いてしまいがちです。

  1. 第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であること
  2. 第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったこと
  3. 第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性

このように、「判例の要件」と称して3つあげる学生がいるのですが、これは誤りです。特に、事案が異なるにもかかわらず、上の3つを要件として提示してしまうと目も当てられません。決定文をよく読めばわかりますが、論理形式上、判例における実行の着手の要件は、次の2つです最判解刑事篇平成16年度155頁も参照。なお、名古屋高判平成19年2月16日判タ1247号342頁も、以下の2つの要件を提示していることに注意されたい。基本書では、山口・総論2版215頁や井田・講義398頁注15を参照)

  1. 第1行為は第2行為に密接な行為であること(密接性
  2. 構成要件的結果発生に至る客観的な危険性が明らかに認められること(危険性

(3) なにがなんだかわからない?

ということで、話を戻そうと思うのですが、題材が壮絶に難しいのと、字数の都合上、次回に持ち越させてください…(TT)

次回をおたのしみに~

 

▼未遂犯と「実行に着手」2

 

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