緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

未遂犯と「実行に着手」2

※2015年3月3日 追記

判例の展開(つづき)

(1) 前回の内容のまとめ

前回は、クロロホルム事件(最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁)の事実関係と決定文を見ました。そこで、判例はこの事案において、①密接性と②危険性の2つを要件として、第1行為の時点で殺人罪の「実行の着手」を認めたことを確認しました。そして、「未遂犯の実行行為から既遂結果が生じた場合」早すぎた結果の発生においては、次の2点が問題になることを指摘しました。

  1. 第1行為に既遂犯としての実行行為性が認められるか
  2. 第1行為の時点で故意が認められるか

(2) クロロホルム事件の本来の処理方法

もう一度、事実関係をひっぱってくるのは面倒なので、ここで、クロロホルム事件を図にしてみましょう。

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前々からクロロホルム事件について考えてはいたのですが、どうやっても判例の結論を支持できるような理論構成をとることはできないように思われます。判例の結論を肯定している文献には、いずれも理論的に致命的な欠陥があるように思います。本来は、判例の事実関係だけでは、上の図のように、第1行為に傷害致死罪、第2行為に殺人未遂罪が成立し、観念的競合もしくは混合的包括一罪として処理するのが適切だったと考えられます。

※追記:某先生に確認したところ、結果の重複評価があるとは言い難いため、包括一罪は厳しいそうです。そう考えると、併合罪が妥当かもしれません。

(3) クロロホルム事件判例の論理と検討

では、判例はどのような論理で、1個の殺人罪を成立させたのでしょうか。判例の理解を図にしてみましょう。

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このように、判例は第1行為と第2行為を一連の(実行)行為として把握しています(高橋・総論初版79頁、山口・総論2版217頁も参照)

ただ、判例の構成には大きな問題があります。それは、実行の着手の時点で既遂の故意に欠けるのではないかということです。つまり、仮に着手時点で死亡結果が発生していた場合には犯罪の成立要件の同時存在の原則に反するものと考えられるのではないでしょうか。よく因果関係の錯誤が問題とされますが、錯誤論は行為者に何らかの故意があることを前提にしてるので、そもそも故意が認められないような事案では使いようがありません。

さらに言えば、実行の着手時期実行行為の開始の時点は異なるのではないかという疑問もあります(なお、山口・総論2版216頁も参照)判例の実行の着手の要件のひとつは「密接性」でした。つまり、「実行行為とは別に」それと密接に関連する行為について「実行の着手」(未遂の実行行為)を認めていることになりますが、そうすると実行の着手時期と実行行為の開始の時点とが微妙にずれるはずなのです。仮に第1行為に既遂結果発生の高度の客観的危険性があったとしても、それを既遂犯の実行行為と評価することは困難なのではないでしょうか(別罪の実行行為となる余地はありますが)

このような理由から、判例の見解を理論的に肯定することは不可能に近いです。学説の中には、決定文では言及されていないものの、行為者の犯行計画を故意の内容に含めようとする見解もあります(たとえば、西田・総論2版305頁など。なお、山口・総論2版216頁以下では、「結果回避の要請を強く解する立場」から事前の犯罪計画・意思決定を考慮し、判例を正当化できるとする。たしかに、故意の内容に犯行計画を考慮することは正しいのですが、犯行計画の成立時=故意の成立時というわけではありません。犯行の計画は、あくまでも具体的な行為に対する評価の中で意味を持つにすぎません。故意は、実体を持つものではなく法的な評価であり、遡及的・事後的に構成されるもののはずです(山口・総論216頁以下では、既遂犯の構成要件の拡張の内容として、実行行為及び故意が拡張されると理解する。しかし、これは「拡張されるべきだから拡張されるのだ」としか言っていないに等しい。実行行為が拡張される余地があるとすれば、同書の言うように未遂犯処罰の必要性があるからであって、そうでないとすれば構成要件の修正・拡張を認める根拠を別に要するはずである。そして、これを「結果回避の要請」と考えることはトートロジーである)

◆まとめ

例によって論証っぽくまとめようと思ったのですが、判例の立場で書けません…(TT) 今回は全部書くのは諦めました…

43条本文にいう「実行に着手」とは、文言上、少なくとも構成要件該当行為と接着する直前行為をいうと考えられる。また、未遂犯の処罰根拠は、法益侵害の現実的危険性を惹起したことにある。ゆえに、(1) 当該行為が実行行為と密接に関連し(密接性)、(2) 構成要件的結果発生の現実的危険性が認められれば、実行の着手が認められると考える。本件においては、具体的には、①第1行為が第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であること、②第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったこと、③第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などを考慮して判断する。

緑色の部分は、クロロホルム事件(と高裁判例の「車で衝突→ナイフ」の事案)以外では使えませんので、ご注意ください。あくまでも要件は、①密接性と②危険性です。

たまに危険性判断の一資料として密接性が要求されているのだと理解している方がいますが、密接性は43条の文言に由来する形式的要件であって、実質的要件である危険性よりも論理的には先行して判断されるべきものです。また、上記3考慮要素は密接性と危険性の双方の考慮要素ですから、3考慮要素を用いる場合のあてはめでは密接性と危険性を同時に認定することになります(個別にあてはめなくて構いません)

それではまた~ 

 

▼前回の記事(びみょう)

 

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