緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

法人税法164条1項(後編)

◆何が問題となっているのか

前回は、本事案では、①被告人Bの脱税の指示(の有無)、②Bが設立した被告会社Aも法人税法164条1項(いわゆる両罰規定)により刑事責任を負うのかという点が問題になっているということを指摘しました。仮に直接行為者である社長付Cが、被告会社とは無関係に独自に動いて脱税し、自分だけ利益を受けていたのであれば、会社はむしろ被害者であり、会社がその責任を負うのはおかしいのではないかという問題意識でした。

両罰規定とは、ざっくりいえば、直接行為者(自然人)だけでなく行為者の所属する法人についても刑事責任を問う規定のことです。自然人と法人の両方を処罰する規定というわけです。どうしてそんなことをするのかといえば、(実はかなり難しい問題なのですが)法人と法人の代表者は同じであると考えられること(行為責任)に加えて、法人は法人の従業員を監督しなければならないこと(監督責任)が理由としてあげられています。個人ではなく、法人の活動として犯罪行為が行われているのであれば、法人を処罰しなければ将来の犯罪が抑止されないと考えたのでしょう。

本事案では、代表取締役Bが脱税の指示をしていない可能性がありましたので、そうすると、「社長付」という非公式な肩書を持つCが独自に脱税した場合にも、なお会社の責任を問えるのかどうかが問題になってきます。

これを法人税法の条文と照らして考えてみましょう。

第164条 ① 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して第159条第1項法人税を免れる等の罪)、第160条(確定申告書を提出しない等の罪)又は第162条(偽りの記載をした中間申告書を提出する等の罪)の違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人又は人に対して当該各条の罰金刑を科する。

今回は「社長付」という肩書を持つCの行為によって法人が処罰されるかが問題となっているので、以下の構成要件要素をあてはめることになります(要件の整理方法については「刑法各論と構成要件要素」を参照)

  • 主体:その他の従業者
  • 客体:なし
  • 行為の客観面法人税を免れる等の罪の違反行為(法人税法159条1項)、法人又は人の業務に関して
  • 行為の主観面:故意(刑法38条1項)

Cが法人税法159条1項の脱税行為を行ったことに争いはありません。故意も認められます。そこで、問題となるのは、①「社長付」という非公式の肩書のCは「その他の従業員」にあたるか、②Cが自ら脱税したお金を領得する意図を有している場合にも「業務に関して」行われた脱税行為といえるか、の2点です。

ちなみに、Cは決算業務や法人税の確定申告業務等を統括していましたが、被告会社から報酬を受けることも日常的に出社することもなかったという事情があります。また、判例の事実関係にはひかれていませんが、Cはもともと、A社に融資している某有名企業から送り込まれた人物だったようです。

 

判例の展開

以上の2点について、判例は以下のような事例判断をしました。

1)「その他の従業者」について

「Bは,被告会社の代表取締役である被告人から実質的には経理担当の取締役に相当する権限を与えられ,被告人の依頼を受けて被告会社の決算・確定申告の業務等を統括していたのであるから,所論指摘の事情にかかわらず,同法164条1項にいう『その他の従業者』に当たるというべきである。」

2)「業務に関して」について

「また,Bの上記指示は,本件法人税ほ脱に係るものであって,被告会社の決算・確定申告の業務等を統括する過程で被告会社の業務として行われたのであるから,同項にいう『業務に関して』行われたものというべきであり,所論指摘のようにBが秘匿した所得について自ら領得する意図を有していたとしても,そのような行為者の意図は,『業務に関して』の要件に何ら影響を及ぼすものではないと解するのが相当である」。

(最決平成23年1月26日刑集65巻1号1頁)

あ、そうなんだー、としかいいようがないですが、判例の射程を考えてみたいと思います。

(1) 「その他の従業員」について

本決定は、「実質的には経理担当の取締役に相当する権限を与えられ、〔…〕被告会社の決算・確定申告の業務等を統括していた」者は、「その他の従業員」に該当することを示しました。

「社長付」という正式な役職ではない肩書を持ち、被告会社から報酬を受けることも、日常的に出社することもなかった者を、「その他の従業員」に該当すると考えることは、該当範囲が広すぎるとの批判もありうるところです。

それでもなお、本決定が「その他の従業員」にあたると判断したのは、代表取締役によって取締役と同視しうる程度の事実上の権限が「授与」され、実際にそれを「行使」していた点を重視したからであると考えられます。これは、法人処罰(両罰規定)の根拠が、行為責任・監督責任であることに由来すると考えられるでしょう。

そうすると、本決定の基準を委託関係の有無に一般化することは不可能であるとしても(京藤哲久・重判1440号168頁参照)、主体の要件は、端的に法人の帰責性(過失)を問うものと言えるかもしれません。その一類型が法人の権限授与行為とも考えられます。また、権限行使の事実は、権限授与を確証させる要素であるとも言える気がします。

(2) 「業務に関して」について

これも事例判断ではありますが、本決定は、行為の客観的側面を重視し、「自ら領得する意図を有していたとしても、そのような行為者の意図は、『業務に関して』の要件に何ら影響を及ぼすものではない」ことを示しました。

しかし、行為者に自ら領得する意思や当該法人に対する害意等がある場合には、法人の活動とは無関係に犯罪が行われたと言えるのではないかとの疑問があります。そもそもなぜ両罰規定で法人が処罰されるのかといえば、犯罪行為を法人として行ったものと言えるからという理由だったはずです。本決定は、企業組織体責任論のように行為者の意図がおよそ業務関連性に影響しないとまでは言っていませんが、かなり法人にとってシビアな判断がされているように思われます。いかに業務プロセスの中の出来事とはいえ、現実に、従業員をそこまで厳しく管理できるものなのでしょうか。

以上のような判例の考え方は、事実上従業員として雇う者について法人に徹底した管理を要求するものだといえますが、みなさんはどう考えますか?

それではまた~

 

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