緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

さくっと捜査の問題

◆さくっと捜査概観

こんにちは~

本日は、刑事訴訟法上の捜査の問題を「さくっと」概観します。

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…はい、概観しました。

細かいところを置いておけば、図の上から下に向かって検討していけば起案できます。

図からわかる通り、多くの捜査の問題は、最終的には排除法則自白法則で処理することになります。また、事実上の身柄拘束下の取調べの問題では、排除法則と自白法則の二元的な適用がありうることもわかります(いわゆる実質逮捕の事案。なお、令状がある普通の取調べは下図参照)。これは、侵害されている権利・利益の種類が異なるからです(それと、注目している主体が異なります)。このような二元的な適用が問題となる場合には、図の左から順に検討していけばさしあたり大丈夫(のはず)です。

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※この記事における自白法則の理解は、判例にしたがって類型的虚偽排除説もしくは任意性説を前提として、排除法則とは別個の独自の証拠法則と把握するものです(最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁参照)

最高裁は、傍論ですが、被疑者の出頭・滞留義務を認めています(最大判平成11年3月24日民集53巻3号514頁参照)。逮捕令状があれば、被疑者の行動の自由を正当に奪えると言いうるからです。また、判例が「取調受忍義務」と言わないのは、供述の自由や黙秘権との抵触を避けるためです。かなり巧妙な論理だと思われます

※違法な逮捕後の勾留の可否の問題も、後述する「重大な違法」が要件ですから、一種の排除法則の場面といえなくもないです

※行動の自由と供述の自由とは別個の権利・利益の問題なので、別件逮捕の問題と余罪取調の限界の問題が論理的に関連しないということもわかるかと思います。別件逮捕については、「誤認逮捕って違法なの?」もご参照ください

◆証拠排除に至るまでの論理展開

ポイントは、刑法っぽく理解することです(刑法ブログですし)。つまり、検討対象とする行為=捜査活動を選び出して、そこでは被疑者のどのような種類の権利・利益が侵害されているのかを考えることです。

上の図では、被疑者の権利・利益を「保護法益」と書いてみました。が、「法益」と言っても、刑法のように法律によって保護される生活利益という意味ではなくて、刑訴法領域の場合には、あくまでも実定憲法上の手続的権利です。

日本の場合には、刑事訴訟法は、憲法の保護する権利・利益を保障するための事前規制としての側面がかなり強いです。つまり、あらかじめ公権力の行使を法律刑事訴訟法等)で拘束しようとする発想に基づいています。このことを、司法警察活動の領域では「強制処分法定主義」と呼び、それ以前の段階の行政警察活動の領域では「法律の留保」と呼びます(なお、刑法領域では「罪刑法定主義」ということになるでしょう)

また、このような法律による公権力の事前統制手法の最低限の内容として、憲法は事前の令状発付を原則的に要求しています。要するに、捜査による実定憲法上の手続的権利の侵害(その裏返しとしての相当理由や必要性などの実体要件の具備)について、第三者機関である裁判所がチェックするわけです令状主義。なお、かなり誤解が多いですが、弾劾主義の下では、裁判所は捜査機関の活動をチェックするだけであって、捜査自体を直接指揮・コントロールするわけではありません(→「民事裁判と刑事裁判の構造的な違い」参照)。令状は、せいぜい「確認証」であって「命令状」ではないことに注意が必要です。

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ところで、「手続的権利」が違法に侵害された場合、行政法ではどのような処理になったでしょうか? 行政法領域では、この問題を「手続的瑕疵と処分の効力」と呼ぶのでした。再度適法な手続きを履践すれば同じ結果(処分)になって面倒なだけだから手続的瑕疵を理由にして処分の効力は失われないのだ、と考えられたわけです。とはいえ、手続的瑕疵をすべて無視するとなると手続を定めた意味がなくなってしまうので、行政法判例は、個別手続の重要性に応じてアドホックな対応をするということにしました(なお、学説は、行政手続法制定後は、手続的権利の侵害が処分を当然に無効とするか、あるいは処分の独自の取消事由となると考えているようですが、判例が直ちに立場を変えてくるとはあまり思われません)

これに対して、刑事訴訟法領域では、違法な捜査によって被疑者の手続的権利が侵害された場合には、ご存知「排除法則」というそこそこ強力な原理が作用します(上図参照)。刑事手続は、基本的には被疑者・被告人の権利保障にとってどれも重要なものなので、しかも憲法レベルの権利保障なので、手続のミスは一発アウトです。この点は、比較的公権力の誤りに寛容な行政法とは異なるところです。

ここで覚えておいてほしいのですが、第一次的に排除するのはあくまでも「違法な捜査活動」であって「収集された証拠」ではないということです。「違法収集証拠排除法則」という言葉にひきずられると理解を誤ります。ここまで検討してきたのは、捜査活動の違法性(あるいは違憲性)だったはずです。証拠の話はワンクッションはさまなくてはなりません。

排除法則は、違法な捜査活動を公判廷に限らずあらゆる場面で排斥し、そのうち「公判廷では」違法に収集された証拠を排除します毒樹の果実法理。なお、本家アメリカとは多少意味が異なります)。「毒樹」は、違法な捜査活動であり、違法収集証拠(第一次証拠)ではないのです。「違法に収集された証拠」と「違法性を帯びた証拠」とは異なります。ここでの問題は、それ自体では適法に見える証拠まで排除される根拠(毒樹の果実法理の根拠)ですが、実はこのあたりはよくわかっていません。規範説抑止効説司法の潔廉性説適正手続説などなどあるようで、もはや好みです。個人的には、国家の客観的法規範違反行為(あるいは端的に基本権侵害活動)に対する制裁と考えるのがシンプルなのかなぁと思います(刑法っぽい発想ですかね…)

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判例は、①当該捜査活動に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり重大な違法性、②これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合排除の相当性には、当該証拠の証拠能力は否定されるとしており最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁、②の「排除の相当性」については「違法な捜査活動と当該証拠との密接な関連性」を基準とします(上図参照。最判平成15年2月14日刑集57巻2号121頁

判例の理解について、違法収集証拠(第一次証拠)と当該証拠(第二次証拠)との関連性を問題とするのだ、という見方もあるようですが、これは排除法則に忠実な理解とは言いにくいですし、実益がないわりに答案の分量が無駄に長くなるのでおすすめはしません。第一次証拠でも第二次証拠でも捜査活動と密接な関連性を問えば足ります。

以上、かなり大雑把ですが「さくっと」理解してもらえましたでしょうか。最初の理解はアバウトでいいんです(そう信じます)。

それではまた~

【補論】令状「主義」? 令状「主義」とは言いますが、令状が発付されているかどうかは実はわりとどうでもいいことです。はじめのうちは「令状がないのに何でこういう強制捜査っぽいことができるの?」みたいなことを思う機会が多いわけですが、そういうときは、令状主義があくまでも被疑者の自由やプライバシーの合理的期待の有無(すなわち捜査の実体要件)をチェックする制度だったということを思い出してください。令状は裁判所から「〇〇許可状」として出されるのですが、これは「ちゃんと実体要件具備してるね、そのまま手続進めてOK」という意味であって、「ちゃんと実体要件を具備してるから捜査権限を与えよう」という意味ではありません。憲法上の弾劾主義のもとでは、捜査機関は最初から捜査権限を持っているのです。令状が「命令状」でないとはこの意味です。ゆえに、レトリックとしてならともかく、令状の「効力」なるものも観念できません。ともかくも重要なことは、プライバシーの合理的期待が侵害されているかどうかであって、令状が出されているかどうかではありません。

 

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