緋色の7年間

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危険の現実化のあてはめ(問題編)

こんにちは~

本日は「危険の現実化のあてはめ」がテーマです。もう因果関係の問題は十分な気がするのですが、教えていると、まだまだ私の能力不足でわかってもらえていないみたいなので、ここで「補講」です。

繰り返しになりますが、因果関係論には深入りしないでください。基本書を読もうが論文を読もうがブログ記事を読もうが、具体的な適用方法など書いてあるわけがありません。なぜならば、「危険の現実化」の基準は、具体的な事実関係を基に判断する「しかない」からです。一般論だけではぜーーーったいに書けません。原理的に不可能です。「危険の現実化」も「誘発」も、それだけではマジックワードにすぎません。

ということで、あてはめ訓練用の問題をつくってみたので、解いてみてください。

判例の事案を素材にした事例問題です。判例を詰め込めるだけ詰め込みました。規範は、どういう規範を用いても同じ得点になります(どの学説も別の表現で同じことしか言ってないからです)。

【設問】 以下の事例において、甲の罪責を論ぜよ。ただし、共犯関係を検討する必要はない。(制限時間60分)

【事例】

(1) 甲とその友人ら4名は、共謀の上、日ごろから仲の悪かった会社の同僚であるA及びBの2名に対し、公園において、午後1時ごろから約1時間にわたり、間断なく激しい暴行を繰り返し、引き続き、マンション居室において、約30分間、断続的に同様の暴行を加え、A及びBの両名に対して全治2週間の傷害を負わせた。

(2) 午後3時過ぎ、甲らはAがぐったりして動かなくなったのを見て、Aを死なせてしまったと思い、お互いに相談して山中に死体を遺棄しようと考えるに至った。また、Bについては、Aに対する犯行を目撃されていることから、その山中についた時点で殺害してAと一緒に遺棄するという計画を立てた。もっとも、実際には、Aは死んでおらず、気を失っていただけであった。

(3) 午後3時半、甲らは、普通乗用自動車後部のトランク内に気を失っていたAを押し込み、トランクカバーを閉めて脱出不能な状態にし、他方で、Bを靴下履きのまま自動車の後部座席に無理やり座らせて同車を発進走行させた後、赤信号のためT市内の繁華街の通りで停車した。その停車した地点は、車道の幅員が約7.5mの片側1車線のほぼ直線の見通しのよい道路上であった。また、その停車した地点は、繁華街の通りということもあり、時間帯としても人通りが非常に多かった。

(4) 上記車両が停車した直後の同日午後3時50分ころ、後方から普通乗用自動車が走行してきたが、その運転者は泥酔状態のために、停車中の上記車両に至近距離に至るまで気付かず、同車のほぼ真後ろから時速約60㎞でその後部に追突した。これによって同車後部のトランクは、その中央部がへこみ、トランク内に押し込まれていたAは、頸髄挫傷の傷害を負って、間もなく同傷害により死亡した。

(5) 他方で、Bは、このすきをみて、後部座席から自動車の扉を開けて逃走したが、Bも甲らの暴行によってAが死んでしまったものと思い込んでいたことから、甲らに対し極度の恐怖感を抱いていた。そこで、Bは、甲らの追跡を撒くために人通りの特に多かった付近の商店街を突っ切り、逃走を開始してから約20分後、さらに甲らによる追跡から逃れるため、上記停車地点から約1600m離れた高速道路に進入し、疾走してきた自動車に衝突され、後続の自動車にれき過されて、死亡した。

【素材判例】 砂末吸引事件、高速道路侵入事件、トランク追突事件、クロロホルム事件

 

憲法の宍戸先生の演習書風に学生のコメントを付けてみますと、こんなかんじですかね。

【Aさん】 因果関係の問題かぁ。知ってる判例が素材だし、簡単そうだな。「因果関係は客観的帰責の問題だから、①実行行為の危険性の大小、②介在事情の異常性の大小、③介在事情の結果への寄与度の大小を総合考慮して行為の危険性が結果へと現実化したかどうかを判断する」で規範は問題なしだね。手順に従って適当にあてはめてっと…。あとはクロロホルム事件の3要件をあてはめて…これでおわりかな?

【Bさん】 これは…砂末吸引事件と高速道路侵入事件とトランク追突事件を参考にした問題かな。たしか3つの判例は、どれも因果関係を肯定してたよね。被害者を遺棄する行為も、被害者が高速道路に侵入した行為も、甲の行為にそれらを「誘発」する危険性があったと書けばOKかな? …あれ? 「誘発する危険が死亡結果に現実化した」って何かおかしいような。そういえば、トランク追突事件はどこで使うんだ??

※自作の問題なのに解答を用意しないのもどうかと思ったので、とりあえず、ささっと解答例を作ってみました(4頁分)。答案テクニックも文才もないのは仕様です。もっとうまく答案を書ける人はたくさんいると思います。そういう方々は本当にすごいなぁと思います。

【解答例】

第1 Aに対する罪責

1 甲のAに対する一連の暴行行為に、傷害致死罪(刑法205条)が成立するかどうかを検討する。甲は、計1時間半の暴行によってAの身体を傷害しているが、さらに当該行為についてAが頸椎挫傷で死亡したこととの間に因果関係を有するといえるか。

 因果関係とは、結果の発生によって行為により重い違法評価を加えることができるほどの密接な関係をいうのであるから、行為の危険性が結果へと現実化した場合にのみ因果関係を認めるべきである。

 甲の一連の暴行行為について、当該暴行によって直接に頸椎挫傷等でAを死亡させる危険性がないわけではないが、本件で死因を形成しているのは第三者の追突行為であるから、この意味での危険の現実化の関係は認められない。もっとも、自らの暴行によって死亡させたと思われる被害者を、それが自己の犯行であることを隠蔽するため遺棄する行為に出ることは、経験則上、通常予測しうるところである(砂末吸引事件参照)。しかしながら、Aをトランクに押し込んだ行為は遺棄行為そのものではなく、本件のような第三者からの追突による死亡は、暴行行為の時点において客観的にみて通常予測しうるようなものではなかった。したがって、第三者の追突によるAの死亡は、甲の一連の暴行行為によって誘発されたものとは考えられず、危険の現実化の関係は認められない。

 ゆえに、傷害致死罪の因果関係が認められないため、傷害罪(204条)の成立にとどまる。

2 甲がAをトランクに押し込んで自動車を走行させた行為について、甲はAが死亡したと思っているため、監禁致死罪(221条)、保護責任者遺棄致死罪(219条、218条)のいずれについても故意(38条1項)が認められず、これらの犯罪が成立する余地はない。

 そこで、当該行為に重過失致死罪(211条1項後段)が成立しないか。そもそもAの生死について十分確認しないで遺棄のためにAをトランクの中に押し込め自動車を走行させること自体が刑法上禁止されるのであり、甲の行為には、この点に関する注意義務違反の程度が著しく、重大な過失があるといえる。では、Aの死亡との間に因果関係が認められるか。同様に危険の現実化の関係の有無で判断する。

 前述の通り、本件で直接Aの死因を形成しているのは第三者による追突行為であるところ、人通りのない場所で視界の悪い深夜に自動車を一定時間路肩に止めていたというならばともかく、本件のように、人通りの多い昼間の繁華街の通りにおいて単に赤信号で停車しているときに後ろから第三者に追突されることは、経験則上、通常予測しうるようなものではない。しかしながら、そもそも人をトランク内に押し込めることについて、トランクの中は人が入ることを予定しておらず、トランク内の人を保護するような設計にはなっていないところ、そこに人を押し込めば追突等の交通事故によってトランク内の人を死亡させる危険性があった。そうであるにもかかわらず、甲はAをトランクの中に押し込め自動車を走行させ、まさに追突事故でAを死亡させたのであるから、たとえそれが頻繁に起こるようなことでないとしても、当該行為の危険性と発生結果との間には死因の同一性が認められるから、危険の現実化の関係を肯定することができる(トランク追突事件参照)。

 したがって、当該行為とAの死亡結果との間の因果関係が認められるため、重過失致死罪が成立する。

第2 Bに対する罪責

1 甲のBに対する一連の暴行行為に、傷害致死罪(205条)が成立するかどうかを検討する。甲は、計1時間半の暴行によってBの身体を傷害しているが、さらに当該行為についてBが轢死したこととの間に因果関係を有するといえるか。同様に、危険の現実化によって判断する。

 本件では、Bの直接の死因を形成しているのは、B自身の高速道路に侵入する行為である。もっとも、甲の一連の暴行の態様は激しく、しかも約1時間半と比較的長時間に及んでいる。それゆえ、当該行為によってBの意思が抑圧されていたと考えると、追っ手を撒くとっさの判断として高速道路に侵入した行為は、因果経過として著しく不自然、不相当とは言えず、いわば甲の行為によって誘発されたものとして危険の現実化の関係が認められるとも思える(高速道路侵入事件参照)。しかしながら、本件においては、Bが高速道路に入るまで甲の暴行終了時から約1時間以上も経っており、当該暴行の影響が侵入の時点で残存していたとはあまり考えられない。また、自動車から逃げて高速道路に入るまで約1600mもの長距離を約20分かけて移動している。この間、特に人通りの多い昼間の商店街を通過しており、その商店街にある店にかけこんで助けを求めたり、その商店街を通行している人に助けを求めたりすることも十分に可能だったはずである。そうすると、甲の暴行によってBが高速道路に侵入したと言うには、因果経過として著しく不自然、不相当であるように思われる。ゆえに、危険の現実化の関係は認められず、因果関係が認められない。

 したがって、傷害致死罪は成立せず、傷害罪(204条)が成立するにとどまる。

2 甲はBを山中で殺害する計画を立てた上で自動車の後部座席に無理やり座らせているが、この行為に殺人未遂罪(203条、199条)が成立するかを検討する。そこで、当該行為をもって殺人罪の「実行に着手」(43条本文)したといえるか。

 未遂犯の処罰根拠は、構成要件該当行為に接着する行為であり、構成要件的結果発生の現実的危険性を有することにあるところ、当該行為について、①構成要件該当行為と密接な行為であり(密接性)、②構成要件的結果発生の現実的危険性を有する場合(危険性)には、「実行に着手」したと認められる(クロロホルム事件参照)。

 これを本件についてみると、Bを自動車の後部座席に座らせたことは、Bを車内で殺すわけでもなかったことを考えると、必ずしも殺害行為と接着するような密接な行為ではなく(①)、また、Bを自動車に乗せたからと言って、その後に目を覚ましたAが目的地の山林で抵抗し、Bの殺害を阻止することも考えられた(あるいは甲が殺害を思いとどまることが考えられた)のであるから、特段の障害もなくBが死亡する危険性があったというわけでもない(②)。ゆえに、実行の着手は認められず、殺人未遂罪は成立しない。

3 Bを後部座席に押し込み自動車を走らせた行為について、Bの行動の自由を奪っているので監禁罪(220条)が成立する。

第3 罪数

 Aに対する傷害罪と重過失致死罪及びBに対する傷害罪と監禁罪が、併合罪(45条)となる。

以上

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