緋色の7年間

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平成22年度旧司法試験第二次試験論文式 刑法第1問 解答例

▼問題と出題趣旨と「ふんわり解説」

takenokorsi.hatenablog.com

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※ナンバリングの誤記を修正しました

第1 甲の罪責

1 甲の行為について、B社建物内への侵入行為に建造物侵入罪(130条前段)が、現金を盗んだ行為に窃盗罪(235条)が、それぞれ成立する。

2⑴ また、甲は、書類の束の火を放置して立ち去っているが、消火すべきであるにもかかわらず消火しなかったとして、不作為の非現住建造物放火罪(109条1項)が成立しないか。

⑵ B社の建物は、日常的に人の起臥寝食に利用されない商業用施設であって、既に全員が退社して甲のほかに人がいなかったと思われることから、「現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物」にあたる。なお、ここにいう「人」に行為者自身が含まれない理由は、行為者が自身の法益の要保護性を放棄・減殺しているからである。

⑶ では、甲は、B社の建物を「放火」したといえるか。「放火」とは、点火行為をいうところ、消火すべきであったのに消化しなかったという不作為が、実行行為としての点火行為にあたるか。

 犯罪構成要件の明確性の原則憲法31条参照)の要請から、①保障人的地位に立ち、②作為の可能性・容易性がある者の不作為だけが、作為犯と同視でき、実行行為にあたる。保障義務の発生根拠については、法令、契約、先行行為、引受行為、排他的支配など多元的に考えるべきである。

 これを本件についてみると、そもそもの発火の原因は、甲が不法に室内を物色していた際に机の上に積まれていた書類の束に甲の手が触れたことにあり、甲の責めに帰すべき事由によって、当該不作為に先立って建造物を焼損させる危険を創出する行為があったものと認められる。そうすると、甲以外には誰もいない事務室内においては、建造物が焼損するか否かについて甲に排他的に依存しているものと認められるため、甲は、保障人的地位に立っていたものと考えられる(①)。また、書類の束から小さな炎が上がり、更にストーブの上から燃え落ちた火が床にも燃え移りそうになっているが、この時点では、近くにある消火器で消火することが可能であり、容易であった(②)。そして、このような具体的状況の下で、甲は、消火すべきであったにもかかわらず消火しなかったのであるから、当該不作為は、作為の点火行為と同視でき、非現住建造物放火罪における実行行為、すなわち「放火」にあたる。

⑷ また、B社の建物は全焼しており「焼損」にあたるが、B社建物に戻ってきた丙があえて消火せずに立ち去っていることから、第三者の不作為の介在が結果発生に寄与しており、当該不作為と焼損結果との間に因果関係が認められないのではないか。

 因果関係とは結果の発生を理由として行為により重い違法評価を肯定できるほどの密接な関係を言うのであるから、実行行為の危険が結果へと現実化した場合に因果関係が認められ、不作為犯の場合は、結果回避可能性がなければ因果関係を肯定しえない。

 甲の不作為にはそもそもB社建物の全焼結果発生の危険性が認められ、甲が消火していれば全焼結果は発生しなかったのであるから、全焼結果発生の危険が現実化している以上は、たとえ丙の不作為が介在していたとしても因果関係を肯定できる。

⑸ そして、故意(38条1項)とは、構成要件該当事実の認識をいい、甲は、今なら近くにあった消火器で容易に消せるが、このまま放置すればその火が建物全体に燃え広がるだろうと思ったのであるから、不作為の非現住建造物放火罪の故意がある。

⑹ したがって、甲の当該不作為に非現住建造物放火罪が成立する。

3 罪数

 建造物侵入と窃盗、建造物侵入と非現住建造物放火がそれぞれ牽連犯(54条1項後段)となるが、建造物侵入罪の重複評価を回避するため、建造物侵入罪を「かすがい」にした3罪の科刑上一罪が成立すると考えられる。

第2 乙の罪責

1 乙のA社通用口の施錠を外した行為について、乙は甲から「甲の犯罪」に関して援助の依頼を受けただけであり、甲のために「甲の犯罪」に協力したいと思っていることから、乙としては自己の犯罪を行う意思はなく、建造物侵入罪及び窃盗罪の共同正犯(60条)は成立しない。そこで、両罪の幇助犯(62条1項)が成立しないか。

2 「幇助」とは、正犯の実行行為を物理的又は心理的に容易にしたことをいうところ、乙はA社通用口の施錠を外しているが、甲が実際に侵入して物を盗んだのはB社であり、実行行為を物理的に容易にしたとは言えない。また、甲は実際にA社通用口の施錠が外れているかどうかを認識しておらず、当該行為自体が正犯者である甲を精神的に力づけたり、窃盗等の意図を維持ないし強化することに役立ったりしているわけではない。したがって、乙の当該行為は、「幇助」にあたらない。

3 ゆえに、乙の行為には、何らの犯罪も成立しない。

第3 丙の罪責

1 丙は、床が燃えているのを放置して立ち去っているが、消火すべきであるにもかかわらず消火しなかったとして、不作為の非現住建造物放火罪(109条1項)が成立しないか。

2⑴ 前述のように、B社の建物は、非現住・非現在建造物にあたる。では、丙は、B社の建物を「放火」したといえるか。同様に、①保障人的地位、②作為の可能性・容易性を踏まえて、作為犯と同視できるかどうかによって判断する。

⑵ そもそもの発火の原因は、前述のように甲の責めに帰すべき事由による危険創出行為にあるが、それ以前に、丙は退社時に石油ストーブを消し忘れていたというのであり、丙がB社の従業員であってB社の建物の使用について善管注意義務を負っていることや、それにもかかわらず石油ストーブという危険源の管理が不十分であったことを考慮すると、丙が誰もいないB社事務室に戻った時点で、建物が全焼に至るかどうかは丙に排他的に依存していたものと認められ、丙は保障人的地位に立っていたと考えられる(①)。そして、丙が事務室に戻った時点では、近くにある消火器で消火することが可能であり、容易であった(②)。それゆえ、このような具体的状況の下で、丙は、消火すべきであったにもかかわらず消火しなかったのであるから、当該不作為は、作為犯と同視でき、非現住建造物放火罪における実行行為、すなわち「放火」にあたる。

⑶ また、B社の建物は既に一部焼損していたとはいえ、最終的には全焼に至っており、この点でなお丙の放火による「焼損」が認められることに問題はない。そして、丙に故意も認められることから、丙の不作為に非現住建造物放火罪が成立する。

 なお、このように考えたとしても、焼損の結果が同一人に重複して帰属することにはならないから不当ではない。

以上

(計4頁)

 

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