緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

図解伝聞法則

◆伝聞法則の事例問題

本日のテーマは「伝聞法則」です。司法試験の問題を素材に、ラビリンスな伝聞法則の問題を考えてみたいと思います。

(※2016年3月11日更新)

【問題】

 検察官は、公判期日において、下記捜査報告書につき、「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」を立証趣旨として証拠調べ請求したところ、被告人甲及び被告人乙の弁護人は、いずれも、不同意の意見を述べた。

 下記捜査報告書の証拠能力について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。

(制限時間60分、解答用紙4頁まで)

―――――――――――――――――――

捜査報告書
平成22年5月3日
H県警察本部刑事部長
司法警察員警視正 S 殿
 H県警察本部刑事部捜査第一課
 司法警察員警部 P 印
死体遺棄 被疑者 B
(本籍,住居,職業,生年月日省略)

 被疑者Bに対する頭書被疑事件につき,平成22年5月3日,被疑者Bの自宅において差し押さえたパソコンに保存されたデータを精査したところ,A女あてのメールを発見したので,同メールを印刷した用紙1枚を添付して報告する。

―――――――――――――――――――
[メール]
送信者: B
宛先: A女
送信日時: 2010年3月1日23:03
件名: さっきはゴメン
 さっきは,電話を途中で切ってゴメンな。今日の午後8時に甲が家に来たやろ。ここから,すごいことが起こったんや。いずれ結婚するお前やから,打ち明けるが,甲は,俺の家で,いきなり,「30分前に,俺の家で,乙と一緒にV女の首を絞めて殺した。俺がV女の体を押さえて,乙が両手でV女の首を絞めて殺した。V女を運んだり,V女を埋める道具を積み込むには,俺や乙の車では小さい。お前の大きい車を貸してほしい。V女の死体を捨てるのを手伝ってくれ。お礼として,100万円をお前にやるから。」と言ってきたんや。甲とV女のことは知っているやろ。甲は俺の友人で,V女は甲の奥さんや。乙のことは知らんやろうけど,俺の友人に乙というのがいるんや。その乙と甲がV女を殺したんや。俺も金がないし,お前にも指輪の一つくらい買ってやろうと思い,引き受けた。人殺しならともかく,死体を捨てるだけだから,大したことないと思うたんや。その後,すぐに,甲の家に行くと,V女の死体があったわ。また,そこには,乙もいて,「俺と甲の2人で殺した。甲がV女の体を押さえて,俺が両手でV女の首を絞めて殺したんや。死体を捨てるのを手伝ってくれ。」と言ってきた。その後,俺は,甲と乙と一緒に,V女の死体を俺の車で一本杉まで運び,そのすぐ横の土を3人で掘ってV女の死体をバッグと一緒に投げ入れ,土を上からかぶせて完全に埋めたんや。V女の死体を埋めるのに,午後9時から1時間くらいかかったわ。疲れた。分かっていると思うが,このことは誰にも言うなよ。これがばれたら,俺も捕まることになるから。そうなったら,結婚もできんわ。100万円もらったら,何でも好きなもの買ってやるから,言ってな。

(平成23年新司法試験 刑事系第2問 設問2 縮小改題)

◆伝聞法則の基本

ゆっくり、基本から確認していきましょう。

伝聞証拠には「公判期日における供述に代わる書面」(供述代用書面書証)と「公判期日外における他の者の供述を内容とする供述」(伝聞証言人証)の2種類があり、これらは供述者による要証事実(あるいはその叙述)の知覚・記憶・表現・叙述の各過程に誤りが混入する危険性が大きく(エビングハウスの忘却曲線、錯視現象等を参照)、事実認定者(裁判官+裁判員)の面前で反対尋問等を経ていないことから、事実認定の正確性を確保するため、原則として証拠能力が否定されます伝聞法則、刑事訴訟法320条1項。下図参照)何が伝聞証拠となるのかは要証事実との関係で相対的に決せられます。そして、当事者主義の要請から、原則として検察官の立証趣旨が要証事実となります。もっとも、検察官の立証趣旨がおよそ無意味となる場合には、例外的に裁判所は立証趣旨の実質を踏まえて要証事実を認定します(※理論的にはよくわからないが、立証趣旨に原則として拘束力が生じるのは、証拠能力が問題となる局面に限るとされる。)。

…ということは誰でも知っているわけですが、実際に問題を解くとわけがわからなくなってきます。その原因は、上記の2種類の区別が、伝聞法則を理解するうえで決定的に重要であるにもかかわらず、よく理解していないからだと思われます(私がそうです)。書面(供述代用書面)か供述(伝聞証言)かで、適用条文等の扱いがまったく異なるのです。公判廷における具体的な場面をイメージしてもらいたいのですが、前者は「書証」の取り調べの際に問題となるものであり、後者は「証人尋問」の際に問題となるものです。供述代用書面に対する不同意と伝聞証言に対する異議申立てとで条文上の根拠も異なります。ですから、試験で伝聞法則の問題が出てきたら、まずは公判廷に出てきている証拠がどのようなものなのか、よーく確認する必要があります。

f:id:takenokorsi:20150904113901p:plain

まずは、公判廷の証拠が、320条1項のいずれの文言にあたるのかを確認してください。320条1項の適用があると、原則として証拠能力が否定されます。そこで、次に「伝聞例外」の話に移ることになります。

ここで、当該伝聞証拠が「書面」なのか「供述」なのかで処理が変わってきます。「書面」のほうは、おなじみの刑訴法321条等の伝聞例外の規定が適用されます。これに対して、「供述」のほうは刑訴法324条しか適用されません。刑訴法324条は書面に関する規定を準用する規定であって、結局のところ321条等の一部が準用されているのですが、これはつまり、刑訴法は伝聞法則について書面を中心に構成しているということです(学術用語ではありませんが、これをてきとうに「伝聞法則の書面中心主義」とか呼んでおきましょうか)

そして、仮に「書面」だとして、刑訴法321条1項各号の規定を検討する場合にも要注意です。「書面」にも、「供述書」と「供述録取書供述調書)」の2種類があるからです(下図参照)。上の司法試験の問題がそうですが、この区別もまた極めて重要になってきます。というのも、供述者本人(捜査機関等の取調官ではない)の署名・押印の要否を左右することになるからです。供述録取書のほうは、供述者の署名・押印がなければ証拠能力が否定されます。供述録取書に供述者本人の署名・押印を要求する理由は、供述者本人が直接書面を作っているわけではないため、本人の意思に基づいて作成されたことを確認する必要があるからです。ちなみに、実務上は、多くは押印ではなく指印です(刑事訴訟規則61条1項後段)。なお、書面と供述者との間に司法警察職員等をはさんだら供述録取書になるわけではありません。供述録取書にあたるのは、供述者にとって司法警察職員等が「ペンの代わり」になっている場合だけです。したがって、録取過程は、伝聞の過程ではないのです(一部の教科書では録取過程を伝聞の過程だとしているようですが、単なるレトリックです。そんなこと言ったら、話を聴く人とそれをパソコンに打ち込む人が2人いて再伝聞じゃないですか。)

f:id:takenokorsi:20150904110040p:plain

◆再伝聞…?

次に、「再伝聞」というややこしい用語を理解しなくてはなりません。供述者が2人重なっていたら「再伝聞」となる…わけでは必ずしもなく、むしろこの用語は忘れたほうが理解しやすいような気もします。

下図の上段は、伝聞証拠が「供述」の場合の324条の適用場面です。供述者が2人なので、再伝聞のような気がしますが、そのうち1人は公判廷内で事実認定者の面前で反対尋問等を受けるので、全供述者2人から公判廷供述者1人を引くことになり、再伝聞にあたりません。このように迂遠に考えなくとも、公判廷外の供述者1人とカウントすれば、ただの伝聞の場面です。

f:id:takenokorsi:20160324041448p:plain

公判廷に出された伝聞証拠が「供述」の場合は、伝聞例外として324条しか適用の余地がありませんが、逆に、公判廷に出された伝聞証拠が「書面」の場合には324条は適用されません。しかしながら、「公判廷外で」同じような状況になるとしたら324条は類推適用されるのでしょうか? これが「再伝聞」が現実に問題となる場面です(上図下段参照)。「書面」のケースであるにもかかわらず、「供述」の話が入り込んでくるというところが大変ややこしいです。

このあたりでやたら混乱するのは、刑訴法が書証と人証を無理やりまとめて同じ条文によって規律しているからで、その結果として、概念のネーミングがおかしなことになっているからだと思われます。そもそも供述書や供述録取書といった供述代用書面は、「伝聞証拠」というネーミングのカテゴリーに入るにもかかわらず、「伝聞」とは何の関係もないのです。「伝聞証拠」と呼ばれているものは、本来は「公判廷外供述証拠」と呼ばれるべきではなかったかと思います。「伝聞法則」も、正確には「公判廷外供述証拠排除法則」と呼ぶべきものです。それなので、供述書における「再伝聞」の問題は、実態としては再伝聞でも何でもなく、ただの公判廷外の伝聞にすぎません。だからこそ、判例は、供述書に証拠能力が認められると「公判期日における供述」と同視できると考え、その上で、普通の「伝聞証言」のケースと同様に324条を持ち出すわけです。とりあえず、書面については、いわば「みなし伝聞証拠」だと思っておいてください。

◆百選86事件(犯行状況等の再現結果を記録した実況見分調書)

あと一息です。百選86事件(最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁)の論理を押さえておきましょう。これを押さえていないと、たぶん本問は解けません。

ご存じの通り、百選86事件は実況見分調書を「検証の結果を記載した書面」(検証調書)に準ずると把握して刑訴法321条3項を適用したケースです。同判例の要証事実と立証趣旨との関係の話や、写真部分の問題、現場指示と現場供述の区別の問題も重要ですが、ここでは言及しません。この記事では、検証調書とすることで、何がどうなるのかという点を考えます。

f:id:takenokorsi:20160311184959p:plain

実況見分調書は、任意捜査としての実況見分に関する司法警察職員の供述書ですので、供述代用書面にあたり、要証事実との関係でその内容となる事実の真実性を証明しようとする限りにおいて、原則として証拠能力がありません(刑訴法320条1項)。そこで、この例外として検証調書(刑訴法321条3項)に準じる(検証自体は刑訴法218条1項に規定がある「強制の処分」ですので、任意捜査である実況見分とは一応異なります)とされるわけですが、これによって、再現者の供述録取書が公判廷に提出されたとみなされます。つまり、供述録取部分は依然として公判廷内にあるため、普通の「書面」のケースになるのです。

◆本問の検討

 

f:id:takenokorsi:20160311185822p:plain

以上をもとに、本問を検討してみましょう。要証事実は、検察官の立証趣旨通り「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」でよいでしょう。そうすると、要証事実について、殺人部分と死体遺棄部分にわけて検討する必要があります。

【一段目】 まず本問の捜査報告書自体は司法警察職員Pの供述書であって、その内容となる事実(要証事実についての被告人の供述に関する記載のあるメールの存在)の真実性を証明しようとするものですから、供述代用書面にあたり、原則として証拠能力は否定されます(刑訴法320条1項)。もっとも、本問の捜査報告書は検証調書(刑訴法321条3項)に準じ、供述者Pが公判期日において証人として尋問を受け、真正に作成されたものであることを供述すれば、例外的に証拠能力が認められることになります。

【二段目】 そうすると、準検証によってBの「メール」という供述書が公判期日に提出されたことになるため、その内容となる事実の真実性を証明しようとするものですから、この部分について供述代用書面にあたり、原則として証拠能力が否定されます(刑訴法320条1項)。もっとも、刑訴法321条1項柱書前段にいう「供述書」にあたるため、同項3号の要件を充足すれば例外的に証拠能力が認められます(本記事の趣旨から、3号の要件である①供述不能事由、②必要不可欠性、③絶対的特信情況の3つを満たすことを前提にしたいと思います)

【三段目】 それゆえ、刑訴法321条1項3号の要件を満たすとすれば、Bの供述書たるメールは公判期日におけるBの供述と同視され、ざっくり言えば死体遺棄関連部分は証拠能力があることになります(ざっくり言い過ぎかもしれません)。他方で、殺人部分については、Bの供述の中に被告人甲・乙の供述が含まれているので、その内容となる事実の真実性を証明しようとするものですから、伝聞証言にあたることになり、原則として証拠能力は否定されます(刑訴法320条1項)。しかし、その例外規定である324条が類推適用され(再伝聞)、322条1項が準用されることになり、供述書規定の準用の場合ですから、署名・押印の有無にかかわらず(というより、供述なので署名・押印は観念しえないのですが)、特信情況や任意性に問題がない限り証拠能力が認められます。

以上、多少というかかなり検討が大雑把でしたが、大枠をつかむことが目的なので、細かいところは実際に平成23年の刑事系第2問を解いて、あとは採点実感等を読んで補完してください。はじめのうちは、公判廷外に3つ供述があるから再々伝聞の問題かな?とか思いやすいですが、2段目はメールという「書面」の話なので再々伝聞の問題にはなりません。再伝聞が問題となる場面は、前述のように公判廷外の「供述→供述」パターンだけです。そして、再々伝聞の問題が考えられるとしても公判廷外の「供述→供述→供述」パターンに限られます。あいだに「書面」が入ると再伝聞の問題にはなりません。「伝聞証拠」の連続が再伝聞なのではなく、「伝聞供述」の連続が再伝聞なのです。

それではまた~

 

【注意事項及び免責】
ブログ内のコンテンツの無断転載等はご遠慮ください。
また、当ブログは法律学習を目的とするものであり、実際に生じた法律問題の解決を目的としておりませんので、法律相談は適切な法律事務所までお願いします。記事中において金融商品に関して言及することがありますが、投資・投機等を勧めるものではありません。当ブログに記載された内容またはそれに関連して生じた問題について、当ブログは一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。