緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

公職選挙法と選挙運動のラビリンス

こんにちは~

本日の学習テーマは、「公職選挙法(昭28法100)です。

公選法違反の犯罪構成要件を一覧にしてざっくり解説しようと思ったのですが、諦めました。数が多すぎたからです。しかも、体系と呼べるほどの体系がなく、何の脈絡もなく大量の規定が置かれています。公選法は、その第221条から第255条の4まで罰則規定となっており、その中には枝番号がけっこうあるので、犯罪構成要件の数としては軽く50を超えます。細かく数えると、おびただしい数です。

こんなんわかるか。

金融商品取引法とは別の意味で読みたくない規定振りですね…。たまに、公選法で禁止されている行為をわかりやすい図にしたものを見かけますが、そういう図にはほぼ100%条文上の根拠が示されておらず、本当にちゃんと調べて書いているのかとどうしても半信半疑になってしまいます。普通に読んでもわからんよ、この条文は…

公職選挙法パラドックス

ここまで手厚いというか厚すぎる規制になっているのは、選挙の公正を確保する必要があると考えられているからです。

そもそも、私たちには原則として、選挙運動の自由が保障されています憲法21条1項)。これは、表現の自由における中核的な保障のひとつであり、いわゆる「自己統治の価値」という原理に基づきます。自己統治の価値とは、「言論活動によって国民が政治的意思決定に関与するという、民主政に資する社会的な価値」です芦部信喜憲法』(岩波書店、第5版、2011年)170頁)。簡単に言えば、私たちが言論等を自由に行えるようにすることで政治的な議論を促進し、それによって民主主義の基本となる議会に対して貢献するのだ、という論理です(民主過程論)。これを選挙という場面で捉えれば、国民相互間の情報のやり取りによって、良質な情報をもって国会という会議体を構成する代議士を選定することが期待されているわけです。これはすぐれてマーケット的な発想であり(思想の自由市場論)、他方で、間接民主制という形態を採用することであらかじめ情報の著しい偏りやノイズをキャンセルしておき、いわばそのボラティリティを抑えることで、国政の意思決定の安定化を図っているのです。

もっとも、買収による腐敗などを防止する必要があることから、選挙の公正を確保するため、例外的に制約を設ける必要があることはたしかです。それが公選法における諸々の行為規制であり、公選法は、エンフォースメント(法の実効性確保)のための主要な装置として刑事罰を定めているのです。「マーケット」のインフラ整備といったところですかね。

しかしながら、「これらの規制の中には、戦前の普通選挙導入時における内務省主導の腐敗防止・選挙管理的発想(その根底には政党・国民に対する不信感があった)に連なるものが存在している」とされており佐藤幸治日本国憲法論』(成文堂、2011年)412頁)、要するに、公選法は、選挙の公正の確保という目的を超えて選挙運動への干渉・後見的介入のようなことまでも目的としているともとれるのです。よく考えるとわかりますが、公選法は上述のように簡単に読めないレベルの細かさなのですから、自由も何もあったものではありません。規定が細かいということは、それだけ規制されているということです。アメリカの法律家は、半分ジョークで「アメリカでは公正な選挙のために表現の自由 freedom of speech and press を保障するが、日本では公正な選挙のために表現の自由を規制する」と言っていたりします。まったくもってパラドキシカルに歪んだ法律、それが日本の公選法なのです。

◆公選法の代表的な犯罪構成要件

公選法は脈絡なく規定が並べてあるので、理論的・体系的な解説は挫折しました。仕方がないので、典型的な構成要件だけ取りあげて考えてみましょう。

(事前運動、教育者の地位利用、戸別訪問等の制限違反)
第239条 次の各号の一に該当する者は、一年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。
 第百二十九条〔…〕に違反して選挙運動をした者
二~  〔略〕
 〔略〕

この規定の場合、犯罪構成要件は次のようになります。

  1. 主体:制限なし
  2. 客体:制限なし
  3. 行為の客観面:「選挙運動」「第129条に違反して」
  4. 行為の主観面:「罪を犯す意思」(刑法38条1項)

論点というか重要な点としては、①「選挙運動」の意義、②129条所定の選挙運動期間ということになります。①・②は、この類型に限らず公選法の色々なところで出てくる概念ですので、この機会に押さえておきましょう。

◆「選挙運動」の意義と選挙放送

選挙運動」の意義については、判例があるのでそれを引用してみます。

公職選挙法には選挙運動の定義規定は見当らないけれども、同法を通読すれば、同法における選挙運動とは、①特定の選挙の施行が予測せられ或は確定的となつた場合、②特定の人がその選挙に立候補することが確定して居るときは固より、その立候補が予測せられるときにおいても、③その選挙につきその人に当選を得しめるため投票を得若くは得しめる目的を以つて、④直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若くは誘導その他諸般の行為をなすことをいうものであると理解せられる。〔強調・丸数字引用者〕

(最決昭和38年10月22日刑集17巻9号1755頁)

最高裁の裁判官の方々は本当に「同法を通読」したのか気になるところですが、というか、どう通読したらこういう4つの要件が出てくるのか個人的には不思議なのですが、要するに、選挙運動とは、特定の立候補者に投票するように呼びかける行為全般ということです。「立候補が予測」とか「その他諸般の行為」とか言っている時点で、明確性の原則憲法31条参照)に違反しそうですが、そこのところは最高裁は気にも留めません。

なお、なんでテレビ局は選挙後に選挙番組をやるんだーみたいな問題は、次の規定があるからだと思われます(※ご存じとは思いますが、「選挙放送」と「政見放送」とは別の概念です。ここで取りあげているのは「選挙放送」です)。

(選挙放送等の制限違反)
第235条の4 次の各号の一に該当する者は、二年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。
 第百五十一条の三ただし書の規定に違反して選挙の公正を害したときは、その放送をし又は編集をした者
 第百五十一条の五の規定に違反して放送をし又は放送をさせた者

で、第235条の4第1号が引いている第151条の3とは、次の規定です。

(選挙放送の番組編集の自由)
第151条の3  この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第百三十八条の三の規定を除く。)は、日本放送協会又は基幹放送事業者が行なう選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。ただし、虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。

すなわち、「虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する表現の自由を濫用して選挙の公正を害」することが犯罪構成要件になっているわけです明確性の原則とか萎縮効果 chilling effect ってなんだっけ)

条文の規定振りとしては、放送番組編集の自由放送法3条)の要請から原則として規制は許されないが、例外的に規制が許される場合がある、というつくりになっています。そうすると、同条本文は「選挙運動の制限はされません」というお話なのですから、同条ただし書の解釈としては、当該テレビ報道・評論が制限対象となる「選挙運動」に該当することが前提となっているとみるのがスジであり、それを超えて放送者や編集者が刑事責任を負うことはないものと考えられます。同条本文から「ただし書」を分離して独立の意味を持たせることは、条文の読み方として不自然であるはずです。

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ところが、公選法第151条の5は、「選挙運動放送」の全面的な禁止を規定しています。

(選挙運動放送の制限)
第151条の5 何人も、この法律に規定する場合を除く外、放送設備(広告放送設備、共同聴取用放送設備その他の有線電気通信設備を含む。)を使用して、選挙運動のために放送をし又は放送をさせることができない。

そうすると、翻って第151条の3を「選挙運動放送」よりも広く「選挙放送」全般について規定したものと読まないと、第151条の5が意味のない規定となってしまいます。「そういう粗雑な条文なのだ」と考えることも可能ですし、実際に公選法には他にも意味がないと思われる規定がありますから、それでもよいのかもしれません。が、この点を根拠にして第151条の3本文を単なる確認規定ないし注意規定と捉えれば、「ただし書」が独立した意味を持つと解釈することも可能です安田充・荒川敦編『逐条解説 公職選挙法』(ぎょうせい、第5版、2013年)1239頁参照)

いずれにせよ、選挙運動のための放送が全面的に禁止されるとの帰結に変わりはなく、それ以外の放送まで規制されるのか、規制されるとすればどこまで規制されるのか、という点が問題となるのです。

しかしながら、「表現の自由を濫用して選挙の公正を害」することが構成要件なのですから、結果的に選挙の公正を害することになったとしても、報道局側としては「同条ただし書の構成要件該当事実(同条ただし書該当事実の一般的意味)の認識がなかった」あるいは「表現の自由を濫用していない」、「濫用的意図はなかった」と言えば十分に反論できます。そもそも、いかなる事実をもって「選挙の公正を害した」(構成要件的結果の発生)とするのか疑問であり、訴追する側(検察官)としても、当該構成要件該当事実について合理的な疑いを挟まない程度の証明は困難でしょうから、本当はそこまで気にせずとも構わない規定のはずです。よほど特定の候補者に偏った報道・評論をしない限り、第151条の3ただし書の構成要件には該当しないと考えるべきでしょう。もちろん、報道局の立場から実際にリーガル・リスクへの対処をする場合には、別の解釈がとられる可能性も考えざるを得ないので、ここには「萎縮効果」が現れることになります。

そうすると、あとは放送法(昭25法132)第4条1項各号の解釈問題となりますが、この記事では、これ以上は踏み込みません(踏み込める能力又は気力がありません)。一応、当該条文を掲載しておきますが、放送法のどこを読んでも「中立」という言葉は出てきませんので、その点はご留意ください。

(国内放送等の放送番組の編集等)
第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 公安及び善良な風俗を害しないこと。
 政治的に公平であること。
 報道は事実をまげないですること。
 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
 〔略〕

◆公選法129条所定の選挙運動期間

公選法第129条は、次のとおりの規定です。

(選挙運動の期間)
第129条 選挙運動は、各選挙につき、それぞれ第八十六条第一項から第三項まで若しくは第八項の規定による候補者の届出、第八十六条の二第一項の規定による衆議院名簿の届出、第八十六条の三第一項の規定による参議院名簿の届出(同条第二項において準用する第八十六条の二第九項前段の規定による届出に係る候補者については、当該届出)又は第八十六条の四第一項、第二項、第五項、第六項若しくは第八項の規定による公職の候補者の届出のあつた日から当該選挙の期日の前日まででなければ、することができない。〔着色引用者〕

つまり、「各選挙の各届出のあった日」から「当該選挙の期日の前日」までの一定期間の選挙運動を禁止している条文です。選挙当日はともかくとして、率直に言って意味不明な条文です。期間外の運動で選挙の公正が害されるのでしょうか…? 抽象的危険犯ということでしょうが、ちょっとにわかには理解しがたいです…

以上、公選法のお話でしたー

 

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