緋色の7年間

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司法試験刑法採点実感まとめ(平成28年度版)刑法各論財産犯編

この記事では、刑法各論の「財産犯」に関する採点実感を整理してみたいと思います。どうでもいいのですが、平成28年の採点実感から明朝体に変わったのはなぜなのでしょうか…。そして昨年に引き続きページ数を振ってくれない…(書式を揃えようとか思わないのかしら…)

1 窃盗罪

(1) 客体

窃盗罪の客体は「他人の財物」です。刑法245条(電気窃盗)の規定の反対解釈から、ここにいう「財物」とは所有権の目的となりうる有体物をいい(有体物説)、その財産的価値は問われません(最判昭和25年8月29日刑集4巻9号1585頁)。個別財産の罪については、このような有体物ごとに犯罪が成立します。たとえば、1万円札及びキャッシュカードの入った財布を盗んだ場合には、理論的には1万円札とキャッシュカードと財布について3つの窃盗罪が成立し、狭義の包括一罪となるわけです(もっとも、これだと面倒なので、実務上は「財布(時価1万円相当)」などと中身を含めて書いたりします。)個々の財物単位で犯罪が成立するわけですから、答案では、この「財物」の具体的な中身を明示し、それぞれについて検討することが必要となります。金銭であれば、具体的な金額についてどのような犯罪が成立するかを検討しなくてはならないことが指摘されています(H20・17頁参照)。 

「窃盗罪の限度」と抽象的に示したのみではこの事例における乙の罪責を的確に示したこととはならず,そこでいう「窃盗罪」とは300万円の窃盗であり,2万円に関しては責任を負わないという趣旨なのか,それとも,302万円の窃盗の限度では責任を負うという趣旨なのかを明らかにしなければ乙の罪責を正確に認定したとはいえない。この点については,多くの受験生が罪名を決めただけで安心してしまったものと思われた。(H20・17頁)

なお、窃盗罪の既遂時期については、この財物の①大きさや②搬出の容易性、③他者の支配領域内かどうかなどを考慮して、その占有移転時を基準に判断することになります(西田・各論149頁。H28参照)

(2) 自己物の誤信(H27)

故意(刑法38条1項)とは、構成要件該当事実の認識をいい、窃盗罪の場合には「他人の財物」に該当する事実の認識を要します。そして、自力救済禁止の要請から、窃盗罪の保護法益が財物に対する事実上の占有財物の所持自体)であることから(最判昭和24年2月15日刑集3巻2号175頁)、「他人の財物」とは、他人の占有する財物をいいます(占有説?・判例。ただし、現在の通説である占有説はこのように解さないことに注意。必ず基本書にあたること)。ゆえに、自己の所有物であっても、他人が占有する財物であれば、「他人の財物」にあたります。判例の立場によると、刑法242条は単なる注意規定にすぎません(が、答案でその旨を触れる必要はあります。なお、現在の占有説はこのように解しません)。そうであれば、他人の所有物を自己の所有物だと誤信したとしても、「他人の財物」に該当する事実について錯誤はないので、構成要件該当事実の錯誤とならないことから、窃盗罪の故意が認められることになります。もっとも、正当防衛または自救行為(違法性阻却事由)に該当する事実の錯誤として、故意が阻却される余地があります総論編4(1)参照)

(3) 窃盗罪における「占有」の意義

横領罪と異なり、窃盗罪(刑法235条)の条文には「占有」という文言がありません。したがって、占有の意義は、「他人の財物」の解釈として出てきます。前述の通り、「他人の財物」とは、他人の占有する財物をいい、ここにいう「占有」とは、財物に対する事実上の支配をいいます(大判大正4年3月18日刑録21輯309頁)。そして、財物に対する事実上の支配の有無は、支配の意思支配の事実とを総合して社会通念に従って判断します(通説・判例。ただし、支配の意思については補充的に考慮されるにとどまり、支配の事実が完全に欠ける場合には、占有は認められません(H27参照。西田・各論143頁、山口・各論178頁)。判例が占有を肯定する類型は、【①】財物を意識してその場所に置いて、一時的にその場所から離れていた場合、【②】財物を置いたことを失念したが、いまだ財物を取り返せる距離にいる場合の2類型です。なお、答案では、占有の帰属主体を明示しましょう。

(4) 不法領得の意思

判例は、不可罰の使用窃盗を除外し、毀棄隠匿罪と区別するために、「書かれざる構成要件」として不法領得の意思を要求します。不法領得の意思とは、権利者が許容しない態様により当該財物自体の効用を享受する意思をいいます(大判大正4年5月21日刑録21輯663頁等参照)。定義の前半部分を「権利者排除意思」と呼び、後半部分を「利用処分意思」と呼びます。

現在の判例・裁判例では、いずれの要件も当初の判例の定義と比較して緩和されていることに注意してください。当該財物の価値を減損させたり、当該財物を悪用したりする意思である場合には、たとえ権利者に速やかに財物を返還する意思があったとしても権利者排除意思が認められますし、経済的用法・本来的用法に従った利用・処分でなくとも財物の効用を享受する意思があれば利用処分意思が認められます。

また、特に利用処分意思について、受領行為を財産的利得を得るための手段のひとつとして行っている事案であっても、受領した財物をそのまま廃棄するだけで、ほかに何らかの用途に利用・処分する意思がなかった場合には、不法領得の意思は認められません(最決平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁)。要するに、判例は、取得する個々の財物の単位で、その財物自体の利用処分意思を検討しているわけです(H27参照)

2 強盗罪

(1) 暴行・脅迫の認定

強盗罪における「暴行又は脅迫」とは、恐喝罪(刑法249条)との区別の要請から、財物奪取等に向けられたものであって、社会通念上一般的に被害者の犯行を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫をいいます(最判昭和24年2月8日刑集3巻2号75頁)。被害者の犯行を抑圧するに足るものか否かは、犯人および被害者の①性別、②年齢、③犯行状況、④凶器の有無等の具体的事情を考慮して判断します(西田・各論168頁)。暴行・脅迫の認定では、様々な事情を拾って適切に評価できるかどうかがポイントです。たとえば、採点実感では「〔被害者が〕容易に助けを求められる状況にないこと」などを考慮している答案が評価されています(H20・16頁)。もっとも、平成28年の採点実感では「前記暴行・脅迫に関し、これらが強盗罪の実行行為に該当するか否かについて長々と論じる答案も散見されたが、これらの該当性についてはほぼ争いがないと思われる」などと、平成20年採点実感と相反する記述がなされています。どうもこのあたりは採点者の意向次第ということのようです(そういうのほんとやめて…)

また、暴行・脅迫の相手方は財物奪取にとって障害となる者であれば足り、必ずしも財物の占有者に対して行われることを要しません(これでは無限定であるとして反対する見解として、山口・各論219頁等)。ここから、たとえば、犯人が暴行・脅迫を用いて妻から夫の金庫(妻自身は管理していないものとする)の暗証番号を聞き出して金庫内の現金を取得した場合には、1項強盗罪が成立します。また、キャッシュカードを所持する犯人が暴行・脅迫を用いて被害者から暗証番号を聞き出してATMを操作して現金を引き出した場合には、(ATMとの位置関係等にもよりますが)やはり1項強盗罪が成立します。後述しますが、この点で平成28年の採点実感は、もっぱら2項強盗罪のみを念頭に置いている点で誤りではないかと思われます。

(2) 「強取」の意義

強取」とは、被害者の犯行抑圧状態を利用して財物等を奪取することをいいます。すなわち、前記の暴行・脅迫と奪取行為との間に因果関係関連性)が要求されます(H20・17頁、H27、西田・各論170頁、山口・各論216頁以下)。被害者が財物を放置して逃走した場合と、被害者が逃走中に財物を落としてしまった場合とで、処理が分かれたりします。因果関係(関連性)が否定される場合には、強盗未遂罪と恐喝既遂罪/窃盗既遂罪との観念的競合等になります。

平成27年の試験では「かばんの持ち手を引っ張る」という行為が問題になりました。いわゆる「ひったくり」の事案において、「かばんの持ち手を引っ張る」という行為は、相手方に対する反抗抑圧の手段としてなされた有形力の行使ではなく、また、反抗抑圧状態を利用した奪取行為ともいえないことから、「暴行又は脅迫」あるいは「強取」に当たりません(山口・各論218頁参照)。もっとも、被害者が当該財物を離さないという事情がある場合、被害者を引きずるなどして反抗抑圧手段がとられたと認められるときは、窃盗の失敗から強盗に変じたとして「暴行又は脅迫」、「強取」及び強盗の故意が認められます(同旨の原審を追認するものとして、最決昭和45年12月22日刑集24巻13号1882頁参照)

(3) 強盗利得罪における財産上の利益の移転

強盗利得罪(236条2項)は「財産上不法の利益」を要件とします。「財産上不法の利益」とは、財産上の利益を不法に得ることをいいますが、被害者が反抗を抑圧されている以上、被害者の処分行為を要しません(処分行為不要説)。そこで、1項強盗罪との均衡から、財産上の利益を得たというためには、財産上の利益の具体的かつ現実的な移転が要求されます。

平成28年の採点実感では「暗証番号」の利益該当性が問題とされていますが、端的に言って素材判例に対する問題設定自体が誤りであり、正しくは「実際にATMを操作して預貯金の払戻しを受けていない場合」において1項強盗罪を構成できないことから2項強盗罪を構成すべく提案された「キャッシュカードと暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位」という利益の移転性の有無が問題とされているものと捉えるべきです(東京高判平成21年11月16日判時2103号158頁参照)。同高裁判例は極めて特殊な事案であって、安易に「財産的情報」まで一般化することはできません。このブログでもそうですが、しばしば「『暗証番号』の事案」と呼んでいるのは、そう呼ぶのがラクだからです。その結果として「暗証番号」という言葉だけがひとり歩きしてしまったものと思われます。同高裁判例を「キャッシュカード暗証番号」まで一般化するとしても何らかの限定を加えるべきであり、たとえば、実際にATMを操作して預貯金の払戻しを受けられたか又は直ちにかつ容易に受けられる事情があった場合(西田・各論175頁参照)やATMが付近に存在するという状況がある場合(井田・各論234頁参照)などに限定すれば、無理に1項強盗罪を構成するよりも高裁判例の論理を借用したほうが望ましいと考えることもできます。

3 横領罪

主に問題点として指摘されているのは、①「占有」の意義・認定と、②既遂時期の2点です。

(1) 横領罪における「占有」の意義

横領罪における「占有」とは、占有離脱物横領罪(刑法254条)との関係から、当該財物につき委託関係に基づいて事実上又は法律上の支配力(処分可能性)を有することをいいます(大判大正4年4月9日刑録21巻457頁、西田・各論234頁、H24・24頁参照)

窃盗罪の場合と同様に考えて、①財物の具体的内容、②所有者、③委託の具体的内容、④占有態様(及び占有者)を明示しなければなりません(H21・20頁参照)。たとえば、不動産の二重譲渡の事案では、「甲は、本件売買契約によりAが所有(②)することとなった本件不動産(①)につき、Aの委託に基づき、本件売買契約に基づいてAに所有権移転登記をするまで自己の登記名義を有すること(③・④)で法律上支配しているから、他人の物の占有者にあたる。」などと書きます(誰か適切な定型文をください)

特に、預金がやっかいで、あくまでも客体は財物(有体物)ですので、占有の対象は、預金債権(消費寄託契約に基づく寄託物返還請求権)ではなく、「Aの口座に預金として預け入れられた現金」といったように正確に書かなければなりません(H21・20頁)。これを「預金による金銭の占有」と呼びます(運用する以上はキャッシュで存在するわけがないので、もちろんレトリックです)。「預金による金銭の占有」であって、「預金の占有」ではありませんので、十分に注意してください。

(2) 横領罪の既遂時期

既遂時期については、不動産の横領で問題になりました(H24・25頁)。横領罪が利欲犯であることから、「横領」とは、自己の占有する他人の物について不法領得の意思を実現する一切の行為をいいます(領得行為説・判例)横領罪には未遂犯処罰の規定がないので(H21・19頁参照)不法領得の意思が外部に発現した時点で既遂になります。

要するに、基本的には民事法上の意思表示の時点で既遂に至るわけですが、登記が対抗要件になっている場合には、確定的に所有権侵害が生じる時点、すなわち登記の完了をもって既遂となると考えられています(西田・各論247頁参照。ただし、仮登記した時点で横領の既遂に至るとした裁判例があるようです)。結局のところ、当該財物の所有権侵害の実質をもって「不法領得の意思が外部に発現した時点」と表現しているわけです。そうすると、字義的・形式的に「不法領得の意思が外部に発現」したといえる場合であっても、なお所有権侵害が認められず「横領」にあたらないという事態が生じます(H21・19頁、H27参照)。なお、ものすごくややこしいですが、二重譲渡の事案において、第一譲渡によって「物の他人性」を獲得する時期の論点とは異なることに注意してください。

(3) いわゆる「横領後の横領」の問題

いわゆる「横領後の横領」の事案(不動産に対する抵当権設定行為の後、同一不動産が売却された事案)においては、抵当権設定後の「残余価値の」横領という考え方を採用するかどうかはともかくとして、両行為に横領罪が成立します(最大判平成15年4月23日刑集57巻4号467頁)。この場合、実体法上、両罪の客体となるべき「財物に対しては」重複評価が生じると考えざるをえないことから両罪は併合関係とはならず(H24・25頁参照)、後続の売却行為が先行する抵当権設定行為と比較してより重いと考えると、後者にとって前者は共罰的事前行為広義の包括一罪)となるものと思われます(西田・各論247頁参照)。あるいは、先行して行われたという点を重視して抵当権設定行為のほうをより重いものと捉えると、後続する売却行為は不可罰的事後行為ないし共罰的事後行為広義の包括一罪)となるものと考えることもできます(井田・各論311頁参照)。いずれにせよ、一応、両罪は成立し、包括一罪として処理されることになるわけです。なお、いずれかの罪を起訴した場合、訴訟法的には、弾劾主義における不告不理の原則の問題や、一罪の一部起訴の問題、一事不再理効が及ぶ範囲の問題を生じます。

4 背任罪

背任罪については、その検討自体を落としてしまうことが問題点として指摘されています(H24・24頁参照)

5 財産犯の区別?

とりわけ財産犯において問題となるものですが、A罪とB罪の区別が問題とされます。これまでの司法試験では、具体的には、背任罪と業務上横領罪の区別(H21、H24)窃盗罪と業務上横領罪の区別(H27)が問題とされているような、されていないようなかんじです。区別を論じるべきかどうかについては、採点実感では歯切れの悪い記述になっているのです。

まず、区別を論じるなとした採点実感はこちらです。

横領罪と背任罪の関係について,そのいずれを検討すべきか,両罪の区別に関する一般論を長々と論じる答案。このような点を論じても,結局は,個別の犯罪構成要件の充足を論証しない限り甲乙に成立する犯罪を確定することはできないのであるから,詳細に論述することに余り意味はない。(H21・19頁)

逆に、区別を論じるべきだとした採点実感はこちらです。

抵当権設定行為について,横領と背任の区別を全く論じないまま,業務上横領罪又は背任罪の成否を論じている(H24・24頁)

基本的には、法定刑の重い犯罪の構成要件の適用から検討しますから、ほかの罪との区別を論じることは論理的にありえません。法定刑の重い横領罪が成立すれば、背任罪の成立が問題となることはないからです。一部の学説でも、「まず、委託物横領罪〔引用者注:単純横領罪のことだが、業務上横領罪も含む〕の成否を問題とし、その成立が否定された場合、次に背任罪の成否を問題とすることで足り、委託物横領罪と背任罪の区別に関する特別の議論は不要である」とされています(山口・各論333頁以下)。この点では、平成24年の採点実感は、明らかな誤りということになります。「特別の議論は不要である」という議論を、答案に書けとでも言っているのでしょうか。

この流れの中で、平成27年の採点実感では、以下のような記述がなされました。

甲の〔…〕罪責を論じるに当たって,業務上横領罪ではないから窃盗罪が成立するなどと結論付ける答案も見られた。比喩的に言えば,A罪とB罪の区別が問題となることもあり得るが,A罪が成立しないから当然B罪が成立するわけではなく,B罪が成立するためには同罪の構成要件に該当することが必要なのであって,その検討が必要であるとの意識が乏しい受験者もいると思われた。(強調引用者・H27)

とりあえず、構成要件の検討さえできていれば最低限のラインは押さえていることになると思われますので、区別の問題に関しては、思い切って素通りするか、ひとこと軽く触れてみる程度でよいのではないかと思います。

 

次回は、財産犯以外のまとめ。

 

▼財産犯以外編


▼刑法総論編


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