緋色の7年間

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司法試験刑法採点実感まとめ(平成28年度版)刑法各論財産犯以外編

こんにちは~

今回は、「財産犯以外」の事案分析についてです。昨年度版からあまり付け足すことがないのですが、一応、アップデートしました。

1 殺人罪

(1) 殺意の認定

故意(刑法38条1項)とは、構成要件該当事実の認識をいい、特に殺人罪における故意を、実務上「殺意」と呼びます。起訴状では行為態様から殺人だと断定しにくい場合に、訴因の記載として「殺意」と明示する慣行のようなものがあるようです。答案で殺人罪の検討を要する場合には、いかなる場合であっても、この「殺意」と、後述する「実行行為性」の検討は必須です。

一般論として殺人罪は重大な犯罪と言えますが、日本法は諸外国のように謀殺・故殺、第一級殺人・第二級殺人等に類型化されておらず、法定刑の幅が極めて広いため、一口に「殺人」といっても様々な犯行態様を含みます。すなわち、私たちの持っている「殺人」のイメージと乖離するような事案が出てきます。そこで、犯罪個別化と量刑判断の要請から、実行行為性や故意が慎重に検討される必要があるのです。司法試験で問われないとは思いますが、確定殺意/未必の殺意の区別をするのも量刑判断上の差異を生ずるからです(石井一正『刑事事実認定入門』(判例タイムズ社、第3版、2015年)150頁参照)

この「殺意」の認定について、採点実感では、複数の事情を拾って評価すべき点が指摘されています。「殺意」の認定に関しては、一般的には、①凶器の種類、②凶器の用法、③創傷の部位、④創傷の程度、⑤動機の有無、⑥犯行後の行動等が考慮されます(原田保孝・刑事事実認定重要判決50選上(立花書房、2007年)278頁参照)。しかし、問題文で主要事実が確定している場合にはそれを踏まえなければなりません。たとえば、「死亡することを認識しながら」や「死んでもかまわない」といったわかりやすい事情だけでなく、「医療行為を施さずにその生死を運命にゆだねる」といった事情にも注意を払う必要があります(H22・21頁)

このほかに、一度殺意を持ちながら、その後に殺意を喪失した場合も、殺人罪の検討をスルーしやすいケースのようです。採点実感では、不作為の殺人の事案において、「授乳を再開して以降は殺意がないことを理由に、殺人罪の成否を検討せず、保護責任者遺棄致死罪の成否のみを検討する答案」(H26・34頁)は、問題があると指摘されています。不作為の殺人においては、検討対象とする不作為を特定した上で、当該不作為の時点において故意の有無を検討することが求められ総論編2(2)参照)、その後に殺意を喪失した場合には、理論上、中止犯が問題となるにとどまります。ただ、実務では、そのような場合には、そもそも不作為の時点における殺意自体を認めないケースがほとんどでしょう。

(2) 実行行為性ないし実行の着手の認定

実行行為とは、構成要件的結果発生/法益侵害の現実的危険性を有する行為をいいます(伝統的通説)。実行行為概念は多義的ですが、試験では基本的に未遂犯の成否との関係で問われることが多いです。殺人罪の場合、答案における検討順序はひとまず置いておくと、実際には実行行為の有無を検討するより先に殺意の検討が(頭の中では)先行します。また、行為者に明らかに殺意がない場合には、傷害致死罪などの検討の前にひとこと「殺意がないから殺人罪は成立しない」と書いて切ります。

前述のとおり、殺人罪は、様々な犯行態様を含みます。そこで、殺人未遂罪を検討しようとさえしない答案が出てくるわけです(H23・25頁)。たとえば、「拳銃で発砲する」、「ナイフで刺す」、「鉄パイプで殴る」といった行為について殺人罪の実行行為性や実行の着手の検討をしないなどということはありえないと思われますが、「車から振り落とす行為」はスルーしがちですし、とりわけ死亡結果が発生していない場合には、殺人未遂罪の検討が抜け落ちやすいです。もっとも、意図的に自動車で轢過するようなケースでない限り、実行行為性だけではなく、殺意も認められにくいのではないかと思われます(石井・前掲149頁参照)。このような意味では、以下の平成23年の採点実感の要求は(少なくとも試験的には)少々無理があるのではないでしょうか。

甲が,車を加速,蛇行させて,しがみ付いていた乙を車から振り落とすという生命に対する危険性の高い行為に及び,乙に脳挫傷等の大怪我を負わせ,意識不明の状態に陥らせるという重大な結果を生じさせたにもかかわらず,甲について傷害罪の成否だけを論じ,殺人未遂罪の成否を一切論じていない答案が予想以上に多かった。このような答案については,事案を分析する能力の欠如をうかがわせることから,低い評価をせざるを得なかった。(H23・25頁)

(3) クロロホルム事件判例

刑法43条本文にいう「実行に着手」に該当するかどうかは、文言上、少なくとも構成要件該当行為に接着する行為であって(密接性)、未遂犯の処罰根拠から、構成要件的結果発生の客観的危険性を有する行為であること(危険性)を要します(最決平成16年3月22刑集58巻3号187頁〔クロロホルム事件〕、平木正洋・曹時59巻6号(2007年)165頁以下、井田・講義397頁以下参照)。そもそも、密接性→危険性→密接性+危険性、みたいな判例の展開があることを押さえて下さい。クロロホルム事件は、一応、現在の判例の到達点です。

事案によって具体的には、①第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであること(必要不可欠性)、②第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で特段の事情が存在しなかったこと(結果発生の自動性)、③第1行為と第2行為との時間的場所的近接性等(時間的・場所的近接性)を考慮して判断します(H25・26頁参照)。これらの考慮要素は、密接性と危険性の双方の考慮要素であり、これらの考慮要素を用いる場合には、密接性と危険性を同時にあてはめます。なお、誤解が多いですが、これらの考慮要素は、クロロホルム→海中突き落としの事案か、車で衝突→ナイフの事案以外には使えません。あくまでも基準は密接性と危険性です。

判例で書く場合には、その後、第1行為と第2行為を「一連の実行行為」と構成した上で、結果発生および因果関係(危険の現実化)を認定し、最終結果発生の客観的危険性を有する第1行為の認識をもって故意を認め、あとは因果関係の錯誤の問題に持ち込みます(はじめの「一連の実行行為」という表現がレトリックです)。故意とは、構成要件該当事実の認識をいい、因果関係も構成要件要素ですから、それに該当する事実の認識を要します(認識必要説)。もっとも、故意の認識の対象は構成要件の範囲まで抽象化されることが許容されますから、具体的な因果経過を認識することまでは要求されず、因果関係の認識がありさえすれば故意を阻却しません(法定的符合説。山口・総論212頁以下、佐伯・総論272頁以下等参照。「相当因果関係の範囲内の錯誤」と表現する必要はない)

(4) 間接正犯における実行の着手時期

間接正犯の正犯性を肯定した後は、事案によって、実行の着手時期の検討が必要です(H25・27頁参照)。なぜならば、間接正犯においては、実行の着手が、殺人未遂罪と殺人予備罪の分水嶺になりやすいからです。被利用者基準説/到達時説によれば、被利用者/直接行為者の行為の時点で実行の着手が認められますが、こんなものはケース・バイ・ケースであって、利用者基準か被利用者基準かといった争いには意味がありません。未遂犯の処罰根拠からすれば、基準は一貫して「構成要件的結果発生の客観的危険性が認められた時点」(結果発生の自動性または時間的切迫性)なのであって、事案に応じて個別具体的に検討されるべきです(個別化説)。たとえば、判例は「毒物を飲食できる状態に置いた」ことなどをもって、実行の着手を肯定しています(大判大正7年11月16日刑録24輯1352頁等)。なお、間接正犯のケースでは、実行の着手が認められると遡及的に原因行為に実行行為性が具備されるという前後関係の逆転現象(というか理論的破綻)が生じるので、構成要件該当行為との密接性の問題は観念できません。実行に着手する前に実行行為が存在するという謎の状態ですから、直前行為などは観念できません。

2 拐取罪

(1) 「略取」の意義

採点実感では、「略取」と「誘拐」の区別がついていない旨が指摘されています(H26・35頁参照)。「略取」とは暴行または脅迫を手段とする場合であり、これに対して、「誘拐」とは欺罔または誘惑を手段とする場合をいい、両者を合わせて「拐取」と呼びます(西田・各論76頁)

(2) 他方親権者による子供の連れ去り

未成年者略取罪(刑法224条前段)の保護法益被拐取者の自由と保護及び親権者等の監護権であって(通説)、行為主体が親権者であっても他方親権者の監護権を侵害することが考えられることから、親権者であることをもって同罪の構成要件該当性は否定されません。もっとも、親権の行使民法820条)として法令行為(刑法35条)に該当し、当該行為の違法性が阻却される余地があります。判例は、おそらくは安定した養育環境の維持・存続が子の福祉/子の利益民法820条参照)に適うとの観点から、他方親権者による既存の養育状況を尊重する立場をとったものと思われ、「監護養育上それが必要とされる特段の事情」がない限り、親権の行使であることをもって当該行為の違法性が阻却されることはない旨を述べています(最決平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁)。それなので、採点実感では、「未成年者略取罪の保護法益を親の監護権とする見解に立ち、甲〔引用者注:他方親権者〕のA〔引用者注:子供〕に対する養育状況を問題にすることなく、安易に同罪を成立させる答案」が問題だとして指摘されています(H26・35頁)。同事案では、「衰弱が深刻なAを救出する行為と評価する余地もある」とされていることから(H26・34頁)、「監護養育上それが必要とされる特段の事情」の有無は慎重に検討されるべきでしょう。

3 住居侵入罪

(1) 「住居」と「建造物」の区別

初歩的とも思われますが、「住居」と「建造物」の区別がついていない答案があるようです(H27)。しかし、実はけっこう闇が深いです。

住居」とは、日常的に使用されている場所をいい、法律上の権限の有無を問いません(最決昭和28年514日刑集75号1042頁)。「日常的な使用」とは長期的な使用に限らず、短期的・一時的使用も含みますから、たとえば、設備次第では、ホテルや車両であっても構いません。よく考えると、建造物性が要求されないことになります。また、「邸宅」とは、住居以外の居住用建造物をいいます。たとえば、空き家や閉鎖中の別荘、集合住宅の共用部分などです。これに対して、「建造物」とは、「住居」と「邸宅」以外の建造物(非居住用建造物)をいいます。たとえば、オフィスとか学校とか工場とかです。簡単に書いていますが、そこまで明確に区別できるものでもありません。実に紛らわしいです。

(2) 住居権を喪失した者の再度の立入り

刑法130条前段にいう「侵入」とは、住居権者/管理権者の意思に反した立ち入りをいいます。前提として、具体的な住居権者/管理権者の認定が問題となります。たとえば、ATMで不正に現金を引き出そうと銀行支店に立ち入る場合には、不正な利用を拒否できる権限を有する当該銀行支店長商法学上の上級支配人)の意思に反したものであることをひとこと触れる必要があります。ただし、実務上は、いわゆる「出し子」(主に振り込め詐欺グループがバイトとして雇った現金引出し担当の生徒・学生等)を除いて、本罪単体で立件することは稀なようです。

そのほか、家を出ていった別居中の夫が、もともと住んでいた家(妻がいる)に立ち入るケースでは、まず夫の住居権の喪失を認定した上で、次に妻の同意に対する合理的期待(黙示の同意)の有無を論じます。住居侵入罪の保護法益は、住居に誰を立ち入らせるかの自由ですから(住居権説)、住居の所有権を持っているかどうかは関係がありません。採点実感では、「住居侵入罪の保護法益を住居権とする見解に立ち、甲〔引用者注:現に家に住んでいる人。別居中の妻〕が住居権者であるかどうかの問題と、乙〔引用者注:一度家から出て行った人。別居中の夫〕が住居権者ではなくなったかどうかの問題とを混同している答案」(H26・35頁)が指摘されていますが、おそらく、夫の住居権の喪失自体ではなく、妻の意思に反した立ち入りかどうかが最終的な基準となる旨を指摘しているものと思われます。

4 放火罪

放火罪においては、公共の危険の意義などが問われていますが、わりと多くの人ができていたみたいなので、この記事では省略します(H25・26頁参照)

5 文書偽造罪

そもそも基本的知識に問題があるので、定義等をしっかり暗記してください。そろそろ詐欺罪と組み合わせて出題されそうな気がします(ただの勘)

6 業務~罪(業務性)

簡単なところですが、業務性の定義の一部が抜け落ちることが頻発しているようです(H22・21頁、H24・24頁)。これは、業務上過失致死傷罪業務上横領罪業務妨害で問題となりますが、それぞれ定義が異なるので注意してください。いずれも、「人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為」までは同じですが、付加される限定基準がそれぞれ異なっています。

(1) 業務上過失致死傷罪における「業務」

業務上過失致死傷罪における「業務」とは、判例によれば、「①本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって、かつ②その行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とする」とされます最判昭和33年4月18日刑集12巻6号1090頁・丸数字引用者。業務上過失致死傷罪は過失致死傷罪の加重類型であり、本罪の刑の加重根拠が一定の危険な業務に従事する業務者には通常人よりもとくに重い注意義務が課されていることに求められることから最判昭和26年6月7日刑集5巻7号1236頁)、「他人の生命身体等に危害を加える虞」という限定基準が付加されているのです。

(2) 業務上横領罪における「業務」

業務上横領罪における「業務」とは、①社会生活上の地位に基づき反覆継続して行う職務であって、②委託を受けて物を管理(占有・保管)することを内容とするものをいいます(西田・249頁、山口・各論314頁等参照)。委託物横領罪には(単純)横領罪と業務上横領罪の2つの類型がありますが、業務上横領罪は単純横領罪の加重類型という位置づけです。そして、業務上横領罪の刑の加重根拠は、単に業務者であることに求めるほかありませんので、そうすると、②のほうはあまり意味のない要件ということになります。

(3) 業務妨害罪における「業務」

業務妨害における「業務」とは、社会生活上の地位に基づき反覆継続して事実上平穏に行われている事務または事業であれば足ります(東京高判昭和27年7月3日高刑5巻7号1134頁)。前二者が主体の問題であったのに対して、本罪の業務性は客体(被害者側)の問題です。また、限定基準が付加されていないところが特徴です。ポイントは、「事務または事業」という表現であり、「事業」という言葉は客体として「法人」を含む趣旨です。また、業務が適法かどうかを問いません。それが「事実上平穏」という留保の意味です。

 

以上、採点実感のまとめでした~

それではまた~

 

▼財産犯編


▼刑法総論編


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