緋色の7年間

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GPS捜査の強制処分該当性と憲法35条の基本権

※U.S. v. Jones 132 S.Ct. 945 (2012) を読んでページ最下段に追記しました(平成29年3月21日)。

こんにちは~

今回のテーマは「GPS捜査」の最高裁判例最大判平成29年3月15日)です。時事的なネタをメインに取り扱いたくないというのが本ブログのスタンスですが、ネタがないから仕方ないよね?(え

精密な分析は優秀な人たちに任せて、このブログでは、とりあえず即興でさくっと分析してみましょう。なお、以下に出てくる「GPS端末」ってのはこれのことね。「GPS」とは、全地球測位システム Global Positioning System の略称です。あー、えーと、つまり、イメージ的には、いくつか人工衛星をぐるぐる回してそれぞれの電波を介した端末との関係から推測される位置情報の重なり合いによって地球上における端末の位置を特定する仕組みです(雑

判例は、冒頭で「GPS捜査」を「車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する刑事手続上の捜査」と定義した上で、刑訴法197条1項但書該当性を判断しました。すなわち、①GPS捜査につき「強制の処分」に該当するか、②GPS捜査につき「この法律に特別の定のある場合」として「検証(刑訴法218条1項前段)に該当するか、の2点です。また、本判例は、これらの問題点に加えて、排除法則についても判断しています(というか、実質的な争いはここにあります)。

一応、前提知識の確認からいきましょうか。

以前にもご説明いたしましたけれど、我が国の憲法33条及び35条は、歴史的沿革としては、「プライバシーの合理的期待 reasonable expectation of privacy」を保障する趣旨のアメリカ合衆国憲法第4修正が憲法34条を挟んで分化した規定です。それぞれ、令状主義を通じて人の行動のプライバシーの合理的期待、住居・物・書類等のプライバシーの合理的期待を保障します。さらーーに遡ると英国の「城の法理自然権的法理)が由来であると思われます(この点につき、渥美東洋『全訂刑事訴訟法』(有斐閣、第2版、2009年)24頁以下、87頁以下参照)

要するにこれらは英米法由来の規定ということですが、これに対して、強制処分法定主義(刑訴法197条1項但書)は、「法律の留保」、「罪刑法定主義」などと並ぶ大陸法由来の法実証主義的な規定です(民主主義及び自由主義的発想)。で、日本法の場合には、どう考えても矛盾する仕方がないので、刑訴法上の強制処分法定主義の規定は憲法33条・35条を「受けて」読み込まれるものとして扱うことになります(令状主義を中核とする司法警察活動の事前統制手法。判例の表現によれば「令状がなければ行うことのできない処分」)。ゆえに、通説・判例においては、「強制の処分」とは、(個人の意思に反する)重要な権利・利益に対する実質的な制約(=プライバシーの合理的期待の侵害)であると定義されることになります。

このようなプライバシーの合理的期待が後退する条件として捜査活動(強制捜査)の実体要件が設定され、令状審査では実体要件の具備を審査対象とすることになるわけです(後知恵の危険の防止)。捜査機関がこの実体要件の具備をごまかし、それを隠蔽するなどすれば、基本権侵害活動(令状主義の精神を没却するような重大な違法・後知恵の危険の現実化)にあたるとして捜査活動が排除され、それと密接に関連する証拠が公判廷外にはじき出されます(排除相当性・違法収集証拠排除法則・日本版毒樹の果実法理的な何か)

なお、従来の学説は「プライバシー権」を大陸法由来の憲法13条(包括的基本権)に求めていますが、少なくとも刑事手続においては、その特則である憲法33条・35条が優先的に適用されるのであって(「受け皿としての基本権」の考え方・補充性)、そこに憲法13条の「自律的個人の尊重」という趣旨が読み込まれているにすぎません。これが本来の従来判例の読み方です。

この文脈の中で、本判例は、次のような判示をしました。

(1) 〔※引用者注:問題点①についての判断〕GPS捜査は,対象車両の時々刻々の位置情報を検索し,把握すべく行われるものであるが,その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。
(2) 憲法35条は,「住居,書類及び所持品について,侵入,捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ,この規定の保障対象には,「住居,書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると,前記のとおり,個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)〔※引用者注:本判例における引用判例は、いわゆる「有形力行使型の強制処分」該当性の先例とされてきた判例であり、憲法33条違反が問題となったケースである。〕とともに,一般的には,現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから,令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。
(3) 〔※引用者注:問題点②についての判断。ただし、令状発付がない本事案との関係では傍論か?〕原判決は,GPS捜査について,令状発付の可能性に触れつつ,強制処分法定主義に反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できないと説示しているところ,捜査及び令状発付の実務への影響に鑑み,この点についても検討する。
 GPS捜査は,情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の「検証」と同様の性質を有するものの,対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において,「検証」では捉えきれない性質を有することも否定し難い。仮に,検証許可状の発付を受け,あるいはそれと併せて捜索許可状の発付を受けて行うとしても,GPS捜査は,GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を通じて対象車両の使用者の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うものであって,GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず,裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。さらに,GPS捜査は,被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく,事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については,手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項,110条),他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても,これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは,適正手続の保障という観点から問題が残る。
 これらの問題を解消するための手段として,一般的には,実施可能期間の限定,第三者の立会い,事後の通知等様々なものが考えられるところ,捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは,刑訴法197条1項ただし書の趣旨に照らし,第一次的には立法府に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば,以上のような問題を解消するため,裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが,事案ごとに,令状請求の審査を担当する裁判官の判断により,多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは,「強制の処分は,この法律に特別の定のある場合でなければ,これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。
 以上のとおり,GPS捜査について,刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。
(4) 以上と異なる前記2(2)の説示に係る原判断は,憲法及び刑訴法の解釈適用を誤っており,是認できない。
〔※引用者注:排除法則についての判断〕しかしながら,本件GPS捜査によって直接得られた証拠及びこれと密接な関連性を有する証拠の証拠能力を否定する一方で,その余の証拠につき,同捜査に密接に関連するとまでは認められないとして証拠能力を肯定し,これに基づき被告人を有罪と認定した第1審判決は正当であり,第1審判決を維持した原判決の結論に誤りはないから,原判決の前記法令の解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすものではないことが明らかである。

最大判平成29年3月15日裁判所ホームページ

……うん、見かけ的に論理がよくわかるように見えて全然わからない判例ですね。たぶん結論ありきだったのだろうと思われます。リアリズム的な観点から推測すると、令状発付条件(令状発付の条件というか令状に付する条件というか)に折り合いがつかなかった、といったところでしょうか。

判例は、問題点①については、結論として、GPS捜査は(類型的に判断して)「強制の処分」にあたる、としました。その実質的な理由としては、(a) 個人の行動の継続的・網羅的把握によるプライバシー侵害(法的根拠不明)(b) GPS機器を個人の所持品に秘かに装着するという公権力による私的領域への侵入憲法35条違反)、の2点だと考えられます。理由(a)の理論的な位置づけがよくわからんねぇ……

ともかくも、GPS捜査を「強制の処分」にあたると判断したわけですが、そうすると、刑訴法上の特別の規定(※特別法上の規定では不可)によらない限り、違法な捜査活動だということになります。そこで、GPS捜査との関係で特別の規定として考えられるのが「検証」(刑訴法218条1項前段)、すなわち、「五官の作用により物・場所・人の身体等の存在・状態を認識・感知する処分」だったわけです。

その問題点②については、GPS捜査につき、「この法律に特別の定のある場合」として「検証」にあたらない旨を示しました。その実質的な理由は、(a) 対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において「検証」では捉えきれない性質を有する(問題点①の理由(b)と対応?)(b) 被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができない(一般的・探索的検証の禁止。憲法35条の要請と思われる)(c) 事前の令状呈示(刑訴法222条1項、110条参照)を行うことは想定できず、その適正・公正な代替的手段・手続が考えられない(刑訴法197条1項但書の趣旨=民主主義的要請を充足しない。憲法31条参照)、の3点だと考えられます。これはとても理解できる。最高裁は、こっちから判断したと思います。たぶん。きっと。

判例憲法33条の判例を引きつつ憲法35条に言及していることからすると、判例の立場としても憲法33条・35条は一体的に把握されていることになります。が、やはり (1) の「また」という語句が意味不明です。どうも最高裁プライバシー権」とは別に憲法35条に基づく「私的領域に侵入されることのない権利」というのをでっちあげた定立したみたいです。これっていわゆる「古典的プライバシー権」とどう違うのでしょうか……もはや「城の法理」に先祖返りしたと理解したほうがいいんですかね……

なお、本判例ではさらっと「一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難」と指摘されていますけれども、裏を返せば、緊急捜索・差押え・検証等(いわば「緊急強制処分」と言うのでしょうか)を認める余地があるということになるのでしょうか。

結論:判例の結論はともかく、理論的には全然よくわからない

 

※追記

判例について、理論的に全然よくわからない理由がよくわかりました。よくわからなくしているのは、U.S. v. Jones 132 S.Ct. 945 (2012) の影響だったようです。最高裁が、ここまで法源と無関係に解釈を展開するとは思っていませんでした。ほんと最高裁どこ見てんの…

要するに、上掲の米判例を踏まえた読み方をすれば、本判例は、憲法35条の「私的領域に侵入されることのない権利」の「侵入」を物理的侵入であると捉えたうえで、GPS端末の取付けという物理的侵入があったということ(だけ)を、GPS捜査の強制処分該当性を肯定する直接の根拠にしたものと考えられます。ということは、GPS端末による行動把握をプライバシー侵害と捉えたこと(問題点①の理由(a))は、その補助的な理由づけにすぎないことになります。そして、プライバシー侵害に関する判示部分で憲法上の根拠条文や位置づけが示されていなかったのは、プライバシー侵害のみを伴う捜査活動を「個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するもの」という強制処分の定義があてはまる範囲から外す意図だったということになります。だからこそ本判例では憲法33条に関する51年判例を引用し、「意思を制圧」という有形力行使型の強制処分の文言をあえて示していたわけですね。「プライバシー権」自体について、そもそも最高裁が明示的に「憲法上の権利」として認めていなかったこととも整合性がありますね。

もちろん理屈として全然理解不能なことには変わりはありませんが、最高裁の実際的な意図はよくわかりました。

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