緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

リーガルテックの将来像ー第2回 想像と創造

1 業務効率化の「ずっと先のほう」

あー、えー、先に前回の弁解をしておきますか。

第1回ではとてもざっくり現状を見つつ、業務効率化の先を見据えたいよねという趣旨のお話をしました。別に業務効率化の路線自体が悪いわけではありません。実際のところ、しばらくは「便利ツール」としてリーガルテック領域は発展していくはずです。ただ、「その先を見ましょう」ということを言いたかったのです。第2回は「その先」の話をします。

たとえば、リーガルテックによる業務効率化を進めると、理屈の上では業務時間がゼロに近づいていって最終的に業務自体が消滅しますよね? 言い方を変えれば、業務そのものが不要になってしまうということです。この場合によくあるフォローとして「今までその仕事に取り組んでいた人たちは、より生産的な仕事に集中できる」という表現がなされます。これは正しいですし、わたしもそう思いますしそう言いますが、ただ、その「より生産的な仕事」とは、はじめのうちは代替されない複雑性の比較的高いほかの法律的な仕事かもしれませんが、最終的には、たとえば企業法務であれば、「企業の事業部の仕事」に帰着します。

もっと具体的な話をすれば、たとえば、契約系のリーガルテックの発展により、契約書の作成や審査にかける時間が仮にゼロに近づけば、もはや法務部でそれらをやる必要はなくなり、事業部にそこそこ契約法務のできる人(営業職の人かもしれないし、技術職の人かもしれない)がいれば済む話ですよね。これが契約法務以外まで波及すれば、結果として、ある程度の法務の仕事は残りますが、事業担当者がそれをやれば済むことになって、法務「部」が消えるかもしれません(以前に契約書の作成は創造的な仕事と言いましたが法務部が残るとは言ってない。)。こうなると、企業の組織構造自体が徐々に変質する(かもしれない)ということがわかりますか? それって単なる「業務効率化」という捉え方で済むんですかね? リーガルテックの行き着く先としては、このあたりまで考えておきたくないですか?

プロダクトやサービスというのは、基本的に、最初に決めたコンセプト以上のものにはなりません。ですから、もう少し発想を広げる必要があるのです。そのほうがたのしいし。たのしいよね? こういうの「イノベーション」っていいません?

2 法律家は「AI」に代替されないが「リーガルテック企業」には代替される(かもしれない)

組織構造変革(※あくまでも結果論だから!)に続きまして、また過激な発言が続いて恐縮ですけれども、リーガルテックは、リーガルの業界自体を大幅に変えてしまう可能性もあります。結論から言えば、「リーガルテックを創って結果を確認する法律家」と「リーガルテックを使う事業部/依頼者本人」に二極化することが予想されます。今よりも法律的判断の色彩が大幅に後退したヒューマンインターフェースとしての法律家はありえますが(たとえば、計算機が出した回答をもとに接見に向かう法律家など。理論上消える余地はあるけど)、ここには「リーガルテックを『使う』法律家」が支配的に介在する余地はありません。パラリーガルが代替されるだけで本当に済むと思いますか?

とりあえず間違った固定観念から除去していきたいと思います。

よくある間違った図式の1つめは、「AI」対「法律家」の図式です。そもそもAIにもいろいろあるのですが、それはともかくとしてAI自体は単なる統計処理ツールに過ぎません。つまり、AIが人間の代わりをすることにはならないのです。せいぜい脳機能のほんの一部を模倣したといったところでしょうか(既に脳機能の模倣から離れているんですけどね!)。むしろ、AIには開発元があることから、「AI+開発者」対「法律家」または「AI+使用者」対「法律家」の図式となります。もっとも、開発者側には、フレームを創ったり、質のよい学習データを創る都合上、そちらに回る法律家が必要になります。そこで、図式を変形すると、「AI+法律家」対「法律家」または「AI+使用者」対「法律家」となります。結局のところ、(AIを用いた)リーガルテックの登場により、伝統的法律家の競合は2つできるということです。競合としては「汎用人工知能」より現実的でこわいですよ?

よくある間違った図式の2つめは、アメリカの事例を曲解して、「AIにできない創造的な仕事をする法律家」と「AIの出した回答に間違いがないかチェックする法律家」の二極化とすることです。この図式の何が間違っているかというと、AIというかディープラーニングの都合上、フレームの外れ値は必ずフレームを創っている法律家のもとに回収されるという事実を考慮していない点です。つまり、創造と確認はワンセットのサイクルになっており、基本的に同じ人物ないし同じ組織がやることになるのです。リーガルテック企業は随時フレームを更新する必要があるのでフィードバックを受けない選択をするはずがありません。

イメージ的な例をあげれば、私たちはパソコンの変換機能で誤変換情報を某社に送信したりしていますが(わたしは送ってないんだけど)、変換機能を使っているのは変換機能について疎い私たちで、某社が変換機能を創ると同時に誤変換情報(外れ値)を回収して確認していますよね。リーガルの世界でもそうなっていきます。繰り返しの例で恐縮ですが、契約法務の世界であれば、どのような経過を辿るにしても最終的に、契約書系リーガルテック企業とそのリーガルテックサービスを使う事業部に分化します。場合によっては契約書を扱う部署は消えます。

したがって、伝統的法律家が徐々に減少し、「リーガルテックを創って結果を確認する法律家」と「リーガルテックを使う事業部/依頼者本人」にじわじわと二極化していくことが予想されるわけです。もちろん、伝統的な法律家も今の法制度を前提とする限りでは必ず生き残ります。しかし、その数は徐々に減少することが予想されます。また、現時点で伝統的法律家がテクノロジー的に淘汰されにくいところがあるとすれば非定型の一回的に見える処理を行う仕事ですが、これはシステムを創ることの費用対効果の問題やタイムスパンの問題があるからに過ぎないので、これらの問題が解消されるごとにやはり必要人数は減っていくものと思われます。あとは法律判断の道ではなく依頼者にとって暖かみのある気の利いたインターフェースとして生き残る道も……あるか?

3 裁判の究極的IT化まで考えると話が壮大すぎてひとつの記事に収めて数日で書くの大変だからこのくらいで許してください。

もう十分過激に踏み込んだ気もしますが、もう少しだけ踏み込んでみたいと思います。なぜならば、裁判のIT化を考えることは、今後、リーガルテックが踏み込める領域を明らかにすることとほぼ同じだからです。つまり、IT化される=計算機的表現に置換されるならば、そこに情報技術導入の検討が容易になるということです。なお、現在進んでいる「民事裁判のIT化」はわたし的にネタとしてたのしくないので無視します。

ゼロベースから考えましょう(「既存の手続ひとつひとつを」「流通しているプロダクトレベルの手段に」置換するってどうなのさ。そりゃ導入は簡単かもしれないけど…)。換言すれば、裁判のIT化の究極的な形態を考えてみます。思考実験です。

「IT化」を考える際に必要な視点としては、現在の工程をモデル化した上で、

入力 → 演算 → 出力

の処理として計算機的表現に捉え直し、指令とデータの束で理解することです(簡単に言ってますけど、まじめに詰めると言うほど簡単じゃないんですよ。だから制度改革にエンジニアさん入れません?)

裁判とは本質的に情報集積とそれに基づく判断であるというのは当初から本ブログの立場でしたが、よりつっこんで、裁判制度とは、いわばひとつのコンピュータだと理解しておきたいと思います。なお、わたしのキャパもそうですが、この記事で精密なモデル化を論じることまでは無理なので、とりあえずものすごーく大雑把に描いておきたいと思います。

裁判の構造は、細かい点(とか中くらいの点とか)をすっ飛ばせば、次のようになります。

  1. テキストデータ、画像データ、音声データ、動画データなどの証拠情報及び事実情報の入力(広義の訴訟資料の提出)
  2. 一定の構造化データへの変換(証拠調べ)
  3. 一定のフレームによる処理(事実に対する法の適用)
  4. フレームの外れ値の処理(裁判所の独善事例に応じた柔軟な法創造)
  5. テキストデータの裁判情報の出力

…ちょっとすっ飛ばしすぎた気もしますが、まぁだいたいこんなかんじですよね、きっと。読者のみなさんにこの種の発想を持ってもらいたいという趣旨なので、現実的に通用するかどうかはとりあえず置いておきます。4以外はすべて計算機的に自動化できます。というか、まだ実用に耐えるレベルまでには全然詰めていないのですが、既にここまで詰めた段階で4の処理の問題性が気になりますね…正統性ぇ…

で、ここでは当事者が証拠情報や事実情報を持つわけですから、当事者が入力作業を行うべきことになります(当事者主義)。もっとも、実際には、入力作業にあたって裁判手続のインターフェースが複雑なので、弁護士が必要になってきます。逆にいえば、インターフェースの改善さえなされれば本人訴訟のほうが理論上望ましいのです。とはいえ、今のところインターフェースが複雑ですし、当事者が必ずしも適切に証拠情報や事実情報を収集できるわけではありませんから、弁護士の役割が大きくなります。ちなみに、法律情報と事実情報の不足はこれまでリサーチによってきました。リーガルテックの前提として電子データをつくることが必要になるのは前回申し上げたとおりです。電子データ化の後は、AIを用いた検索にシフトすることになるでしょう。また、デジタルフォレンジックなども、情報収集の領域に位置づけられます。

他方で、特に大陸法系の裁判所は、法律情報を持っています。いまの裁判制度は基本的に三審制を採用していますが、しかし試行回数を繰り返しても無意味のはずです。コイントスを3回くりかえしても確率は変わりません。本来は1回でやるべきことでしょう。そうなっていないのは、スペックの高いプロテイン型コンピュータ(裁判官のことね)が集まる最高裁のキャパが足らないからに過ぎません。簡単に言えば、三審制とは、裁判所の予算や人員といった効率的なリソース配分のための制度なのです(もっと簡単に言えば「重要性に応じた手抜き」です)。ですから、本来は(審級によって判断構造が違うことはとりあえず置いておいて)すべて最高裁の処理能力をもって1回で処理すれば足ります。

こうして、理想的な裁判制度は、全事件を本人訴訟によって行い、それを最高裁の処理能力(現実には地方裁判所)をもって1回で処理する仕組みということになります。

4 ここまで書いておいてあれだけど、たぶん裁判のIT化よりADRの発展のほうが早いと思います。

えーと、とはいえ、日本の裁判所に上のようなことができるとはとても思えないので、実際には、IT化されたADR(裁判外紛争解決制度)が先行することになるでしょう。場合によっては、国際的なADRの発達が来ます。こうなると、裁判所は次第に審理機能を喪失し、純粋な執行機関と化していきます(刑事はまだなんとか…)。

まぁ未来なんか誰にもわかりません。証拠から事実を認定して判断していく手法は事後の裁判だからこそ可能な技法であり、今、現に存在しないものについて証拠などほとんどありません。それで構わないのです。将来像は待っているだけで実現する受動的なものではなく自分たちで実現するものなのですから。とはいえ、ゼロベースで思い描くだけなら自由ですけれども、それを実現する具体的な実行プロセスないしロードマップは地獄絵図になるかもしれませんけどね~(雑なまとめ

本記事で多少なりとも発想が柔軟になってもらえれば幸いです。

次回は、自然言語処理に関する根本的な問題か、これからの法律家のキャリアか、もう少し今回の裁判とADRの話を詰めるか、いろいろ話はありますけど、どうしますかね…

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