緋色の7年間

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平成21年度旧司法試験第二次試験論文式 刑法第2問 ふんわり解説

平成21年の問題は、なんでこんなに難しいのでしょうね…(TT) 今回は、一種の社会常識が必要な問題です。

第 2 問

 甲は,国際旅行協会(AIT)という団体を設立し,AITには有効な国際運転免許証を発行する権限がないにもかかわらず,AITの名前で,正規の国際運転免許証に酷似した文書を作成して,顧客に販売することにした。

 ある日,甲は,国際運転免許証を欲しがっている乙に対して,日本で運転免許を持っていなくともAITが発行する有効な国際運転免許証を20万円で買うことができると告げたところ,これを信じた乙は,甲がAITの名前で発行する国際運転免許証様の文書を20万円で購入することにした。しかし,乙は,手持ちの金がなかったので,甲にそのことを告げたところ,甲は,自己の経営する宝石店で乙が宝石を購入したように仮装して,その購入代金につき,乙が信販会社とクレジット契約を締結し,これに基づいて信販会社に立替払をさせる方法により,国際運転免許証の代金を支払うように勧めた。これを承諾した乙は,甲の宝石店で20万円の宝石を購入したように仮装して,A信販会社とクレジット契約を締結し,甲は,乙にAIT名義で発行した国際運転免許証様の文書を渡した。なお,商品の購入を仮装したクレジット契約は,A信販会社の約款において禁止されており,甲及び乙はこれを知っていた。その後,A信販会社は,クレジット契約に基づき,甲の管理する預金口座に20万円を振り込んだ。その翌月,乙は,A信販会社からの請求に対し,20万円を支払った。

 甲及び乙の罪責を論ぜよ。

法務省ホームページ

※解説では、現在の法令・判例・学説を使っています

1.行為の分析

ごちゃごちゃしているように見えるが、甲を軸として、客観的な行為だけを時系列に沿って追っていけばよい。取引を主導しているのは終始一貫して甲であり、乙の行為については甲との共犯を成立させていけばよいだろう。

問題文の第一段落は、甲の販売の前提として、「国際運転免許証」の偽造証を作成していることを示している。それゆえ、国際運転免許証をめぐって、作成→販売→仮装取引という大きな流れを把握することができる(論理的には、仮装取引は販売行為の前提である)。もっとも、乙が知っていたのは、仮装取引の事実だけであるから、甲との共犯関係はそれについてのみ成立する余地があると考えられる。したがって、検討すべき行為は、以下の通りである。 

  1. :(1) 権限なくAITの名前で正規の国際運転免許証に酷似した文書を作成した行為、(2) 日本で運転免許を持っていなくともAITが発行する有効な国際運転免許証を20万円で買うことができると告げ,乙に,国際運転免許証様の文書を20万円で購入させた行為、(3) 甲の宝石店で20万円の宝石を購入したように仮装して,A信販会社とクレジット契約を締結させた行為
  2. :甲の宝石店で20万円の宝石を購入したように仮装して,A信販会社とクレジット契約を締結した行為

なお、本問を解くにあたって、国際運転免許証とは何かを知っておかなければならない(平成15年判例があるとはいえ、普通は知らないが)国際運転免許証は、1949年9月19日にジュネーブで採択された道路交通に関する条約に基づいて、締約国若しくはその下部機構の権限ある当局又はその当局が正当に権限を与えた団体が発行し、「所有する運転免許証の翻訳証明書」の機能を有する。条約は、原則として当事国のみを拘束するため、国際運転免許証が有効となるのは当事国間のみである。発行主体は、日本の場合は、都道府県公安委員会(同機関は、警察行政の中立性確保のために都道府県警察の管理を行う)であり、国際運転免許証には都道府県公安委員会記名・印影がある(有印文書)。簡単に言えば、国際運転免許証とは、自分の持っている運転免許証を条約締結国間でも使えるようにするための証明書である。したがって、運転免許証を持っていなければ国際運転免許証を持っていても意味がない(それ以前に、公安委員会が管轄する運転免許試験場や警察署で申請ができない)。このことは、問題文から読み取れないではないが、知っておかなければやはり解答しにくいであろう(一応、西田典之『刑法各論〔第6版〕』(弘文堂、2012年)373頁以下には記述がある)

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国際運転免許証 - Wikipedia より引用 

2.甲及び乙の罪責について

(1) 国際運転免許証様の文書について

まず、権限なくAITの名義で正規の国際運転免許証に酷似した文書を作成した行為について、有印私文書偽造罪(159条1項)が成立するかを検討する(後述するが、偽造した名義は、私人である「AIT」なので、公文書偽造ではない)文書偽造罪は、条文の構造がかなり細かいので、文言を抜き出してあてはめるという地道な作業になる。裏を返せば、文言を解釈して適切にあてはめるという基本的な操作さえ行えば、手がかりの少ない解釈論のように途方に暮れることもない。まずは条文操作でミスをしないことが肝要である。条文の文言の検討順序に関しては、書いてあるそのままの順序でも構わないが、言語の論理関係からすれば、主語→目的語→述語をベースとして、それぞれの段階で修飾語の限定が加わると理解するときれいにまとまる。本問では、以下の順序で検討してみたい目的を身分犯のように理解することもできるので、主体として最初に持ってくることもできる)

  • 「行使の目的」
  • 「事実証明に関する文書」
  • 「偽造した」
  • 「偽造した他人の印章若しくは署名を使用して」

「行使の目的」は、必ずしも文書本来の用法に従ってこれを真正なものとして使用することに限られず、真正な文書としてその効用に役立たせる目的があれば足りる最決昭和29年4月15日刑集8巻4号508頁。本問では、甲自身は交際運転免許証様の文書で自動車を運転しようとは思っていないが、これを真正な文書として乙への販売に利用することが目的であるから、真正な文書としてその効用に役立たせる目的があるといえる。ゆえに、「行使の目的」にあたる。

また、「事実証明に関する文書」とは、実社会生活に交渉を有する事実を証明する文書をいう最決昭和33年9月16日刑集12巻13号3031頁。国際運転免許証は、契約締結国間で自動車の運転が許可された事実を証明する文書であるから、「事実証明に関する文書」にあたる。

ここで、本問のメイン論点のひとつに入るが、甲は国際運転免許証を「偽造」したと言えるだろうか。159条1項にいう「偽造」とは、有形偽造のことであり、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいう最判昭和59年2月17日刑集38巻3号336頁名義人とは、文書から一般人が認識する意思や観念の表示主体をいう。これに対して、作成者とは、学説で議論はあるものの、文書に意思や観念を表示させた者をいうと考えておけばよい(意思説)。そうすると、本問では、「AITの名前で,正規の国際運転免許証に酷似した文書を作成」しているため、名義人は「AIT」である。他方で、作成者も「AIT」である。そうすると、人格の同一性に齟齬はないようにも思え、「偽造」にあたらないとも考えられる。しかし、これは一見すると不当に思えるため、このように形式的に考えるべきなのかどうかが、ここで問題となる。いわゆる代理名義ないし肩書の冒用の問題である。

判例は、権限ある団体により作成されているということが当該文書の社会的信用を基礎付けることを根拠として、文書の名義人は「権限を有する団体」であると考える最決平成15年10月6日刑集57巻9号987頁。要するに、物理的な実体だけでなく、権限などの社会的信用性も含めて名義人を判断していると思われる。このような考え方によれば、本問では、名義人が「発行権限のあるAIT」と判断することができるため、作成者である「発行権限のないAIT」と人格の同一性に齟齬が生じることになる。ゆえに、「偽造」にあたると考えられる(偽造した名義は「発行権限のあるAIT」であって、私人名義であるから、私文書偽造である)

また、本問の事情からは必ずしも明らかではないが、おそらくはAITに発行権限があることについて都道府県公安委員会記名・印影などを無断で用いていると思われるので、「偽造した他人の印章若しくは署名を使用して」偽造したといえるであろう。

以上から、甲の行為に有印私文書偽造罪が成立するほか、甲は偽造した国際運転免許証様の文書を販売しているので、同行使罪(161条1項前段)が成立する。

(2) クレジット契約(立替払契約)について

これもかなり厄介な問題である。本問は、単なるクレカ詐欺事例(三角詐欺)とは異なる。通常、クレカ詐欺が問題となるのは、欺罔されて錯誤に陥った者と財産的損害を被った者が分裂するからであるが、本問では事情がかなり異なる。被欺罔者は、実際に金銭を支払っており、しかも、欺罔者と共謀して仮装取引まで行っている(なお、本問では、クレジットカードを使っていない)。このような事情をどのように考慮していくかが、本問のもうひとつのメイン論点である。

仮にクレカ詐欺事例とパラレルに考えて被害者をA信販会社と捉える考え方を採用すると、その後に考える乙との共犯関係で結果の重複評価の問題(A信販会社の支払いに対する犯罪成立の二重評価の問題)が生じてしまう。そこで、解答方針としては、①本問では第三者を通じた交付によって乙の交付行為を認定し、開き直って、乙に対する1項詐欺の問題として構成することが考えられる。一方で同時に、②仮想のクレジット契約について、クレジットカードの不正使用の問題とパラレルに考え、A信販会社に対する乙との1項詐欺罪の共同正犯を検討してゆけばよいであろう。かなり事情が複雑だが、実は、いずれも類似の判例のあるところであり、これらの判例に照らして検討を行っていけば十分に論じられる問題となっている。

まず、乙に対する1項詐欺の検討だが、前述のように日本で運転免許証を持っていなければ国際運転免許証を持っていても意味がないし、もちろん国際運転免許証自体その辺で売っているようなものでもないから、甲は乙に対して「日本で運転免許を持っていなくともAITが発行する有効な国際運転免許証を20万円で買うことができる」と告げ、交付判断の基礎となる重要な事項を偽り、もって乙に誤信させた。問題は、交付行為の有無だが、判例のように、クレジット契約に基づき、第三者たる信販会社に立替払いをさせて金員を交付させたものと認定してよいだろう(最決平成15年12月9日刑集57巻11号1088頁。なお、同判例は、「この場合、被告人ら及び被害者らが商品売買を仮装して信販業者をして立替金を交付させた行為が信販業者に対する別個の詐欺罪を構成するか否かは、本件詐欺罪の成否を左右するものではない」としている。

次に、甲と乙によるA信販会社に対する1項詐欺の共同正犯(60条)の検討に入る。これについても、判例を参考に解答していくのがよいだろう。判例によれば、「Aは、本件クレジットカードの名義人本人に成り済まし、同カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装い、その旨従業員を誤信させてガソリンの交付を受けたことが認められるから、Aの行為は詐欺罪を構成する」とする最決平成16年2月9日刑集58巻2号89頁。これは、加盟店に対する詐欺であり、信販会社に対する詐欺ではない。しかし、重要なことは、クレジットカード会員規約や加盟店規約に反してなされた取引を、あたかもそれに反していないように装って財物を交付させれば、詐欺罪を構成しうるということである。本問では、商品の購入を仮装したクレジット契約がA信販会社の約款において禁止されているところ、甲及び乙はこれに反することを知りながら、それに反していないかのごとくA信販会社に立替払いをさせたと評価できるので、交付判断の基礎となる重要な事項を偽って錯誤に基づき金員を交付させたと認められるから、詐欺罪を構成することになる。したがって、甲及び乙の行為には、A信販会社に対する詐欺罪の共同正犯が成立する。

3.罪数について

甲の各行為について、①有印私文書偽造罪、②同行使罪、③乙に対する詐欺罪、④A信販会社に対する詐欺罪の共同正犯が成立する。①・②・③は牽連犯(54条1項後段)となり、④と併合罪(45条)となる。

乙の行為については、A信販会社に対する詐欺罪の共同正犯が成立する。

 

なお、出題趣旨は、以下の通りである。

(出題趣旨)

本問は,国際運転免許証に酷似した文書を偽造し,その購入を持ち掛けた上,真実は宝石の売買がないのに,売買があったと仮装し,信販会社とクレジット契約を締結して信販会社に立替払をさせるという方法により金銭を騙し取ったという事例を素材として,これを的確に把握し,分析する能力を問うとともに,私文書偽造罪及び詐欺罪の成立要件に関する理解と事例への当てはめの適切さを問うものである。

法務省ホームページ

 

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