緋色の7年間

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刑法総論の基本書を比較してみた

ひとつひとつ基本書をご紹介しようと思っていたのですが、同じようなサイトがけっこうあるようなので、本ブログは、ここでひと工夫して、データで基本書の比較をしてみようと思います。

現在、主に使われている基本書はこんなかんじでしょうか。

  • 山口厚『刑法総論』(有斐閣、第3版、2016年)
  • 西田典之『刑法総論』(弘文堂、第2版、2010年)
  • 今井猛嘉ほか『刑法総論(リーガル・クエスト)』(有斐閣、第2版、2012年)
  • 井田良『講義刑法学・総論』(有斐閣、補訂版、2011年)
  • 高橋則夫『刑法総論』(成文堂、第2版、2013年)
  • 大塚裕史ほか『基本刑法Ⅰ総論』(日本評論社、第2版、2016年)

まずは、これらの基本書の内容等を表にしてみたいと思います。

項目は、①著者名(略称)、②体系(結果無価値論・行為無価値論)、③構成要件の性質、④故意の位置づけ、⑤カバー(ハード・ソフト)、⑥全体の頁数、⑦序論の頁数、⑧犯罪論の基本部分(構成要件該当性~責任)の頁数、⑨犯罪論の修正部分(未遂犯~罪数)の頁数、⑩刑罰論の頁数です。特にページ数に関しては、なかなか面白い特徴が見えてきました。

【表1】

著者名 体系 構成要件 故意の位置づけ カバー
山口 結果無価値論 違法・責任類型 構成要件要素・責任故意 ハード
西田 結果無価値論 違法・責任類型 責任構成要件要素のみ ハード
リークエ 結果無価値論 違法行為類型 責任形式 ソフト
井田 行為無価値論 違法行為類型 構成要件要素のみ ハード
高橋 行為無価値論 違法・責任類型
(可罰類型)
構成要件要素・責任故意 ハード
基本刑法 放棄 違法・責任類型 構成要件要素・責任故意 ソフト

【表2】

著者名 体系 頁数 序論 基本 修正 刑罰
山口 結果無価値論 440 30 252 134 5
西田 結果無価値論 458 60 235 127 18
リークエ 結果無価値論 488 28 288 133 6
井田 行為無価値論 590 67 321 147 28
高橋 行為無価値論 570 56 316 135 37
基本刑法 放棄 488 55 202 219 19

青字は最大値、赤字は最小値です。

*各部の頁数の合計が、全体の頁数と一致しないのは、索引その他のページを全体の頁数に含めているからです。あらかじめご了承ください。

山口先生は、第3版で犯罪論体系をいわゆる伝統的通説に「後退」させたこともあり、第2版と比較して若干分量が増えています。同書は、結果無価値論を一応、維持しながらもこれまで重視してきた構成要件の故意規制機能と距離を置き、また、過失犯においては旧過失論を採用しながらも結果回避義務に独自の意義を認めるなど、考え方が柔軟化してきています。このような意味では、シャープな論理展開というか犯罪論の体系性は、初版から第3版にかけて次第に薄れつつあります。結果的に、犯罪論部分に関しては、西田先生のほうが薄くなりました。もっとも、西田先生は、その薄さのわりには序論に分量を割いており、そもそも刑法とは何かという点について意識されていることがうかがえます。山口先生は、ページ数的にも、そのあたりをけっこうわりきっているかんじがします。構成要件該当性~責任までは基本刑法が最薄であり、他方で、同書では未遂犯や共犯がわりと厚く書かれています(なお、同書の立場は、実際の判例・実務とは、かなり異なります。)。

これらに対して、行為無価値論の基本書は、比較的ページ数が多くなっているようです。高橋先生は、ページ数的に、刑罰論を意識されていることが読み取れます。他方、井田先生は、犯罪論の基本部分をかなり掘り下げて書いていることがうかがえます。結果無価値論の中では、リークエは比較的ページ数が多いほうですが、序論や刑罰論がかなり薄いですから、記述にかなり濃淡があることが分かります。

数字にしてみると、意外とその先生の関心が表れるのですね。共著だとなかなか分析しにくいですが、単著の場合には、研究分野と基本書に割かれた分量がけっこう対応しています。内容の深さとページ数は、だいたい対応しているということでしょうか。

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上の表を踏まえてざっくりまとめてみると、シンプルさ重視なら結果無価値論、理論的な深みを重視するなら行為無価値論といったところでしょうか。結果無価値論の中では、政策的観点からのすっきりした論理を求めるなら山口説、思想的な深みを出そうとするなら西田説というかんじです(なお、前者は目的刑論に傾斜しており、後者は応報刑論に傾斜しています)。もう少し説明がほしいなら、リークエということになるでしょう。行為無価値論の中では、個人重視なら井田説、共同体的価値も取り入れたいなら高橋説ということになるでしょうか。基本刑法は「受験向き」ですが、理論体系や実務を理解したい方には、もしかしたら向かないかもしれません。

ちなみに、学生にとっては重要な、基本書の価格は以下の通りです。

著者名 頁数 税抜価格(円) 頁あたり価格(円)
山口 440 3100 7.0
西田 458 3300 7.2
リークエ 488 2900 5.9
井田 590 3900 6.6
高橋 570 4000 7.0
基本刑法 488 3800 7.8

学生向けの共著でも、基本刑法よりリークエのほうが安いみたいです。リークエ安いですね。井田先生の本も、ページ単価は比較的安いほうです。ほかの基本書は五十歩百歩で、価格はページ数相応なのではないでしょうか。

それではまた~

 

▼基本書の使い方についての注意点は、こちらの記事をお読みください。

▼実践的な判例の読み方については、こちらをお読みください。

 

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