緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

犯罪って増えてるの?

こんにちは~

本日は、リアル社会について考えようと思います。テーマはとっても単純です。「犯罪って増えてるの?」という疑問に答えていこうと思います。しかし、単純ですが、実際にはおそろしく難しいです。『犯罪白書』に書いてあるじゃん!と思われた方、その数字は、おそらくあなたの知りたい数字そのものではありません。

◆「犯罪」に実体はない

「犯罪って増えてるの?」という疑問では、「犯罪」としてイメージされているのは、たとえば、人を殺したりとか、モノを盗んだりとか、そういうことだと思います。ここでイメージされているのは、刑法学的な意味での「犯罪」の中でも、故意に犯罪を実現するような場合です。しかも、「犯罪って増えてるの?」という疑問の内容は、たとえば、モノを盗む行為が増えているか?ということなので、単純に「犯罪」の数なのではなく、犯罪にあたるかもしれないものも含んだ実際の行為の数のイメージなのです。このイメージの中には、警察が認知できなかった行為について含まれていたりするわけです。ですから、私たちの「犯罪」に対するイメージとのギャップから、『犯罪白書』はそう簡単に読みこなせないわけです。犯罪白書から単に数字を引っ張ってきて、それを前提に「犯罪は増えている」あるいは「犯罪は減っている」と言っても、あまり意味はありません。テレビ番組に出ている評論家が、刑事法学者や弁護士でなければ、ほぼ間違いなくこのような誤読をします。

それでは、一応、本ブログは刑法ブログですので、刑法の話から入りましょう。たぶんご存知のように、刑法では、「犯罪」とは、構成要件に該当し違法かつ有責な行為として定義されます。刑法から考えましたが、定義自体は、ここではさしあたり重要ではないのでスルーしても大丈夫です。刑事訴訟法的に考えると、確定判決があったときに刑法的な意味での「犯罪」が確定することになりますから、よく考えると、その前の段階で「犯罪」という考え方は成立しないことがわかります。たとえば、捜査段階で「犯罪があると思料するとき」(刑事訴訟法189条2項)や、「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」(同法199条1項)といった表現が使われるわけですが、ここで「犯罪があると思料」「罪を犯したことを疑う」という意味は、ものすごくざっくり言えば、判決によればその行為は「犯罪」となる行為なのではないかと思うことです。裁判所や捜査機関などが行っているのは、あくまでも行為の評価です。露骨な言い方で恐縮ですが、評価されなければ犯罪ではありません。突き詰めると、「犯罪」には実体がない。まずはここを押さえてください。刑法には「実体法」という紛らわしいネーミングのカテゴライズがなされていますが、法は、人と人との関係を規律するものであり、それを便宜的に実体のように取り扱っているだけなのです。人を殴ってけがをさせた行為は、その人の人間としての尊厳を傷つける行為(人と人との信頼関係を傷つける行為)であるから罰せられます。この意味では、正確に言えば、けがをさせた事実(実体)によって罰せられるわけではありません(このあたりは、刑法学者でもよく間違えるところです)。

◆『犯罪白書』は難しい

では、『犯罪白書』を読む準備をしましょう。犯罪白書で真っ先に目に入るのは「窃盗を除く一般刑法犯の認知件数」ではないでしょうか。ここにいう「一般刑法犯」とは、刑法犯から自動車運転過失致死傷罪等を除いたものです(※平成25年に自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律が制定されましたので、交通事故は特別刑法に移植されることになりました。平成26年以降の犯罪白書から反映されるはずです)。これは、同罪は過失犯であり、数が膨大なので、犯罪情勢を考えるときには他の犯罪とは区別すべきだと思われているからです(本来は、ここで過失犯である交通事故を刑法で処罰すること自体に疑問を持たなくてはならないのですが)。さらに、ここから窃盗罪を除くことになります。窃盗罪の占める割合は7割にも及びますから、犯罪情勢を考えるときには、やはり、ほかの犯罪と区別して考える必要があると思われることによります。これらをまとめると、次のようになります。

窃盗を除く一般刑法犯 刑法犯 自動車運転過失致死傷罪等 窃盗罪

問題は、「認知件数」という部分です。認知件数とは、犯罪について警察等がその発生を認知した事件の数のことをいいます(そのままですね)。ただ、既に書きましたように、これは犯罪の実数ではありません(犯罪の実数は観念できるだけで実在しません)。犯罪発生時に第一次的に接する公的機関の多くは警察でしょうから、犯罪の実数に最も近い官庁統計であるということにすぎません。要するに、私たちは、第一次データとして近似値しか入手できないのです。しかも、この近似値に影響する要素はいまだ不明瞭です。たとえば、警察による「認知」という性質上、警察の行動指針が変われば、認知件数もかなり変わってしまうことが容易に考えられますが、何が変化すればどれだけ影響があるかを算定することは極めて困難です。実際の発生件数にしても、人口構造の変化などが加害者・被害者のそれぞれの数に影響するかもしれません。高齢化社会では、高齢者を狙った詐欺が今後増えるでしょう。組織的な犯罪者は、そういった「マーケット」の変化に対応してくるはずです。これらによって、捜査機関の方針が変わって、認知の仕方が変化するかもしれません。新しい犯罪が創設される場合もありますし、犯罪の成立要件が立法上あるいは法運用上、緩やかになることもあるだろうと思われます。認知件数と実際の発生件数との差を、犯罪の暗数と呼びますが、そもそも実際の発生件数は神の目からしか知り得ないわけですから、暗数も正確にわかるわけではありません。ですから、犯罪事象全体だけでなく、捜査機関の動きや事件処理方法などの刑事手続をよく知っている人でなければ、犯罪の増減を推定することはおよそ不可能なのです。ゆるふわな私にも論じることはもちろん無理です(きっぱり)。とりあえず、犯罪の増減について主張している人を見かけたら、「本当かな?」と疑ってかかるべきでしょう。この記事も、そうやって読んでみてください。

◆犯罪って増えてるの?

さて、長い前振りでしたが、ここでようやく実際に犯罪白書を読んでみましょう。平成25年版の犯罪白書によると、窃盗を除く一般刑法犯の認知件数は、約34.2万件です。また、窃盗を除く一般刑法犯の認知件数は、下の図のように推移しています。

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平成25年版 犯罪白書 第1編/第1章/第1節/1 より引用)

…「ああ、平成15年を過ぎたあたりが犯罪情勢のピークで、最近は犯罪は減っているんだな」と思わないでくださいよ! 既に述べた通り、このデータないしグラフだけでは何もわかりません。これを犯罪の情勢だと思い込まないようにしてください。この記事で、私が言えるのはそれだけです。「犯罪って増えてるの?」という疑問に対する私の回答は、「さっぱりわからない」です。

日本では、こういった犯罪統計の分析などの刑事政策学の発展が遅れており、非常に文献が少ないのです。一応、刑事政策の有名な文献を2つだけあげておきますが、そこに書かれている領域はいずれも、まだ十分な内容には至っておらず、あとは研究書や学術論文を読むしかありません(※藤本先生は、日本の犯罪学ないし刑事政策学の第一人者です)。今後の発展が期待される領域と言えるでしょう。

刑事政策概論

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刑事政策

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