緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

企業内弁護士を目指そう!

※私自身の法務部経験を踏まえて、追記・修正いたしました。(2016年5月22日)

◆企業内弁護士の活動領域の拡大

前回は、司法制度改革についてお話ししました。そこでは、司法制度改革によって、弁護士の活動領域が下の図のように拡大することをご紹介しました。事後救済型社会では、法律や行政による一律の事前規制に代わって、弁護士が個別にリーガル・リスクの予防(予防法務)を行っていくことになりますから、従来とはかなり異なる活動領域が生まれます。そのひとつが、企業内弁護士インハウスローヤーということでした。下図で言えば、主に左下の領域を担う弁護士のことです。

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企業内弁護士は、基本的にはその企業の法務部に所属します。この点、外部の事務所弁護士とは異なり、その企業が実施する事業の成果につき最終的な責任を負う立場にあります。たとえば、実際に取引の相手方と交渉にあたるのはほとんど事業部門の人たちだと思われますが、法務部が契約書にGOサインを出すかどうかで当該取引が進むかどうかが変わってしまうという点では、実質的に法務部が取引の決定権限を持つことになるわけです。企業内弁護士としては、この点をよく考える必要があります。すなわち、企業内弁護士が取引に付随するリーガル・リスクを予防するといっても、取引の相手方と協同して成果をあげなければ会社の利益にはなりませんから、そこでは常にリーガル・リスクと会社の利益との比較衡量が求められます。会社にとって当該取引は期待値がプラスのものなのかどうか、その見極めと対処が企業内弁護士の仕事の本質であるとも言えるでしょう。

専門的な法律知識や法的素養を生かせるのも、まさにこの点にあります。契約書の作成・審査が定型的なものだと思い込んでいるビジネスパーソンは非常に多いのですが、それは法務部の能力がなかった時代の話です。本来の契約書の作成・審査業務は、人工知能をはじめ、コンピュータで代替できるようなものではまったくありません。書籍やネットに掲載されている雛型や文言・フレーズをコピペすれば契約書ができると思い込んでいる人たちがいれば、それは現在の企業法務をよくわかっていない人たちです。企業内弁護士は、専門的な観点から、自社の業務や取引の実態、それを取り巻く社会情勢等の具体的な事情をもとに判断することが求められるのです。既存の知識の吐き出しで足りるわけがありません。むしろ、契約書の作成・審査は、コンピュータに代替されることのない極めて創造的な仕事だと言えます。企業内弁護士がコンピュータに代替される日が来るとすれば、経営判断のほぼすべてがコンピュータに代替される時です。

さて、現状では、政府が今後も司法制度改革を貫徹するつもりなのかどうかは不明ですが、新しい領域ができたことは動かしがたい事実です。日本組織内弁護士協会の調査によると、2015年6月の時点で、日本国内の企業内弁護士は1442人に達しました(下図参照)。弁護士総数が3.6万人程度ですから、企業内弁護士は、弁護士全体の4%くらいを占めるようになったことがわかります。すなわち、企業内弁護士が弁護士業界の中で存在感を発揮し始める段階に至りつつあるということです。また、当初、企業内弁護士を採用するのはほとんど外資系企業でしたが、現在では東証一部上場企業であれば企業内弁護士を採用するのが当然という風潮になりつつありますし、棚ぼた的ですが会社法改正及びコーポレートガバナンス・コードの策定等により弁護士有資格者の社外取締役需要も増えています。司法制度改革や法科大学院制度自体には批判が非常に強いところですが、企業内弁護士に関しては、マーケットとして必ずしも悪くはありません。日本の企業法務部人口は約6000人らしいですから、それを需要市場と見て単純計算すると、企業内弁護士の市場浸透率は20%を超えたことになり、いわゆる「キャズム」(普及率16%ラインの溝)を超えたことになりますイノベーション普及の法則)

日本のマスメディアも現職弁護士の多くも統計データの扱いに疎いので「弁護士の就職難がたいへんだ」などと実態から乖離したことを言っていますが、それは小規模な法律事務所に限った話です。従来のビジネスモデルに固執する事務所弁護士が就職に限らず色々なところで「たいへんだ」とおっしゃるのはある意味で当然であり、それは単に、ここ数年間の著しいマーケットの構造変化についていけなくなっただけです。正直、私自身も市場がここまで劇的に変わるとは思っていませんでした。それくらい異常なスピードによる変化なのです。この記事も頻繁に書き直しています。法科大学院制度はじめ司法制度改革を批判しているような人たちは「周回遅れ」という印象ですから、無視するのがよろしいかと思われます。そのうち廃業するでしょう。

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統計|日本組織内弁護士協会「企業内弁護士数の推移」より作成)

◆企業内弁護士に求められる能力

そこで、今後も企業内弁護士を目指される方が続々と出てくるはずです。適切なデータがないので個人的な印象になってしまいますが、企業内弁護士を目指される方は、そもそも民間企業に勤めていらっしゃった方が多「かった」ように思います。私がお会いしたことのある企業内弁護士の方は、民間企業に数年勤めた後、法科大学院を卒業して弁護士になった人でした。もっとも、最近では、新卒・社会人未経験者が法曹資格を取得してそのまま企業内弁護士として働くケースも増えているみたいです。最初期の頃は企業内弁護士よりも事務所弁護士のほうが人気でしたが、現在では、特に上場企業の企業内弁護士の採用に応募が殺到するという状況にあります。また、大手事務所弁護士から企業内弁護士に転職する人もかなり増えました。企業内弁護士は、現在では、キャリアとしての価値が非常に高いと思われているのです。

この前まで「学生は企業内弁護士を目指さない傾向にある」と書いていましたが、その部分を撤回します。もはや状況は変わりました。当初このように書いていた理由は、学生は、企業法務はもちろん、企業活動自体をほとんど何も知らないからではないかと思ったからです。そもそも、現在でもまともにバランスシートを読める学生は少ないですし、会社法のゼミに入っている学生でも、現実の企業活動についてほとんど何も知らないという印象です(普通の就活生ならば当然知っている「PDCA」という言葉も、多くの法科大学院生には通じないと思います)。この点の認識は変わっていません。他方で、現在事務所を構えている弁護士は、今の顧客との関係から企業に就職するインセンティヴがなく、比較的新しく制定された会社法に対応できなかったりもするので、企業内弁護士として活動するという発想を持っていないという認識も変わっていません。が、「企業内弁護士を真剣に目指すのであれば、対競合という点で、想像以上に活躍する場が与えられやすい」という認識は変わってしまいました。もはや競合だらけです。現時点で、もっとも厄介な競合者は、大手事務所出身の英語ペラペラな弁護士です。転職市場では、この人たちに勝たねばならなくなったのです。この意味では、企業内弁護士を目指すのであれば、新卒市場で戦うか、又は英語をペラペラにしつつ大手事務所弁護士から転職市場で戦うかということになるものと思われます。

では、企業内弁護士として活躍するためにはどういった能力(というより知識)が必要となるのでしょうか。私自身は短期間しか民間企業の法務部に勤めたことがないので、実際のところ、みなさんに現場の正確な情報を提供することはできないかもしれません。書き手の限界です(そもそも刑法専門のブログなんですけどね)。ですから、主に書籍等の情報のご紹介にとどまります。あらかじめご了承ください。

とりあえず読み漁ってみて、最もよくまとまっていた気がするのは日本弁護士連合会弁護士業務改革委員会編『企業内弁護士』(商事法務、2009年)です。急拡大中の企業内弁護士市場からすると、出版年がちょっと古めなのが気になりますが、データはそろっています。書き手も現職の企業内弁護士の方やLL.M.出身者などで不足はありませんし、文章も明瞭です。日弁連関係の書籍にしては、内容が珍しく革新的でもあります。同書は、アンケート調査などのデータから企業内弁護士を記述するものなので、現場の仕事を詳細に記述しているわけではありません。ですが、法科大学院在学中に何をやっておくべきかくらいはだいたい掴めるはずです。

企業内弁護士

企業内弁護士

 

同書の面白い部分(というかデータですが)をいくつかとりあげてみましょう。

まず企業内弁護士の業務内容について、20%以上の企業で任されている業務内容まで抜粋してみましょうか(同書259頁参照)

  1. 契約関係(国内) 91.4%
  2. 法律相談関係(国内) 73.7%
  3. 株式・総会関係 52.7%
  4. 訴訟等管理関係 42.7%
  5. 契約関係(国際) 38.7%
  6. 取締役会関係 33.2%
  7. 知的財産権等関係(トレード・シークレットを除く) 24.9%
  8. 文書業務関係(国内) 24.7%
  9. トレード・シークレット、個人情報関連業務 22.2%
  10. 債権管理・担保管理関係 21.4%
  11. 子会社・関連会社関係(国内及び国際) 20.5%

(※「トレード・シークレット関連業務」というのは、秘密保持契約/NDAや営業秘密に関する業務のことです。)

上にあげた業務内容は、少なくとも企業内弁護士の5人に1人は行っているということです。上位3つの業務は、企業内弁護士の2人に1人以上が行っていることになります。法科大学院では、これらの業務を念頭に置きつつ勉強すればよいと考えられます。実際の仕事割合としては、企業にもよりますが、国内契約と国際契約の契約書審査が業務の7~8割くらいですかね…

さらに、過去5年間(※出版年が2009年なので、2003年あたりから5年間)に法務部門が重点的に取り組んだ課題のリストと、今後重要となる法務問題のリストも載っています(同書260頁参照)。やはり20%以上のものを抜粋してみましょう。

【法務部門が重点的に取り組んだ課題】
  1. 個人情報保護法 75.7%
  2. 商法改正 63.0%
  3. 企業倫理規範の制定・推進 59.8%
  4. 社内法務教育の推進 39.8%
  5. グループ内の企業再編 32.7%
  6. 危機管理体制の確立 32.1%
  7. 独禁法の遵守 30.0%
  8. 企業再編関連(M&A等) 26.8%
  9. 情報セキュリティ関連 23.8%
【今後重要となる法務問題】
  1. 企業倫理・コンプライアンス 65.6%
  2. 内部統制 36.8%
  3. 知的財産権 31.0%
  4. M&A、企業再編 27.2%
  5. 情報セキュリティ 24.8%
  6. 経営判断への関与 24.3%

個人情報保護法が2003年に制定され、2005年に施行された影響があることは明らかに読み取れます。また、2005年には商法から会社法が独立しており、2006年にそれが施行された影響があることも明らかです。今後は、個人情報保護法会社法の2つに加えて知的財産法領域の専門知識の需要が見込まれることが読み取れます。

ちなみに、「企業内弁護士が扱う業務で頻繁に検討される法分野」というアンケート項目もあったりします。法科大学院での学習の参考にしてみてください(※括弧内の数字は有効回答数)。というか、企業法務をやるなら契約書の作成・審査を学んでください法科大学院司法研修所で行われている法廷法曹中心の教育では、まったく足りません。

  1. 民事法一般(28)
  2. 会社法一般(21)
  3. 個人情報保護法(20)
  4. 労働法一般(19)
  5. 独占禁止法一般(15)
  6. 知的財産権法一般(13)
  7. その他の業法(13)
  8. 金融法一般(11)
  9. 民事手続法一般(11)
  10. 倒産法一般(10)

(※「民事法一般」といいますが、特に民法と商法が極めて重要です。学習上、商法が穴になりやすいので注意してください。ただし、基本書を読んでもよくわかるようにはならないかもしれません…)

企業内弁護士は、少なくとも現時点において、国際私法をあまり使わないみたいです……と思っていたのですが、普通に国際私法は使います。会社が国際取引を行う場合には、英文契約書でINCOTERMSとか普通に参照しますのでご注意ください。そもそも論として、英語もしっかりやってください(自虐ネタ)

なお、刑法については、営業秘密関係でちょこっと関係があったりするくらいです……平和で何よりです…(TT)

▼わりと充実した書籍が出てきました(※おそらく守秘義務的に若干抽象的な書き振りです) 

弁護士・法務人材 就職・転職のすべて All about carrier strategies for lawyers and legal persons

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▼あとは、ちょっと古いですが、弁護士業界一般を知るにはこれですかね… 

弁護士業界大研究

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▼予防法務の重要性については、こちらの記事もご覧ください

 

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