緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

あなたの組織がうまく回らない理由

こんにちは~

本ブログは刑法専門のブログですでしたが、今回はビジネス関係のお話です。いえ、決して刑法と無関係ではないのですが、それは最後にお話しすることにしましょう。テーマは、「あなたの組織がうまく回らない理由」です。簡単に言えば、スタートアップ企業やNPO、法人格のない小規模団体の構成員を対象としたガバナンスのお話です。

◆組織の規模を拡大すると壁にぶつかる

組織の中にいると、こういうことを思ったことはありませんか?

「〇〇さんに仕事を任せたのにやってきてくれない」、「私が指摘するまで動いてくれない」、「みんなが同じように頑張ればすぐに終わる仕事のはずなのに、やってくれないから時間がかかってしまう」、「あの人が仕事をやらないから結局、私たちがやらなきゃいけない」、「どんどん人が辞めていって雰囲気が悪くなってる」、「私はなんでこんな仕事やっているんだろう…」

こんなかんじで、最初は心躍らせてはじめた仕事でも、続けていくうちにどんどん嫌になっていく…。仕事をしたくなくなる…。特に、規模を拡大している団体などでは、こういったことが多いのではないでしょうか。

最終的にはやる気のない人たちを追い出したりする組織も出てくるかもしれません。事業が混乱し始めると「事業を縮小しよう」と考え始めたりもします。すべて自分でやってしまえばラクだから。他の人にも気を遣う必要がない。事業がもっと単純だった頃に戻りたい。そう思ったりはしていないでしょうか?

なぜか常に忙しい。人が少ないから自分は休めない。代わりになる人がいない。自分が抜けたら組織が回らなくなってしまう。こうして、もう無理だと思った時点で、その組織は、スタートアップ企業なら倒産したり、法人格のない団体ならば解散してゼロからやり直したりすることになってしまうのです。

しかしながら、リトライしても同じ壁にぶつかることでしょう。なぜならば、どの組織も規模を拡大する際には必ずぶつかる壁だからです。まれに例外もありますが、それには理由があります。この記事でご紹介するのは、この壁の正体はいったい何なのかということです。

◆集団モデルとガバナンス

1.モデル論で考えよう

壁の正体の話に入る前に、それなりの前振りが必要です。全然関係なさそうに思われるかもしれませんが、組織のガバナンスを考えるためには非常に参考となる話です。それは、社会の統治に関する話です。実のところ、組織だろうと社会だろうと、スケールの違いだけで、ガバナンスの視点は本質的に同じなのです。結局は、人間がどのように動くかの話です。この点で、経営学法学は陸続きになっています。

 

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集団のモデルを、上の図のようにブレイクダウンしてみましょう。学術的な用語を探せればよかったのですが見つからなかったので、とりあえずなかんじのネーミングもあります。ですから、用語はあまり気にしないでください(ここでは、よくある支配形態の三分類は使いません)。

集団のモデルは、価値観を共有しないモデル(分散モデル)か、価値観を共有するモデル(統合モデル)かの2つに分けられます。前者の例は、われわれの現代社会です。これに対して、後者の例は、株式会社や宗教組織です。

2.知性モデル

価値観を共有しない分散モデルについて考えてみましょう。理想的には、すべての人との合意形成ができれば、その集団(たとえば、社会)はうまく回ります。人間ひとりひとりが知性(理性)を持ってさえいれば、合意形成は、理論上は可能です(知性モデル)。ところが、実際にはそうはいきません。なぜならば、人間は必ずしも合理的な行動をとるとは限らないからです。人間はチェスの駒ではありませんから、理想的な解法通りには動きません。現実の世界では、人数が増えれば増えるほど合意の形成は難しくなっていきます。「人間はロジカルに動かない」という大前提を押さえてください。

3.独裁モデル

そこで、次善の策として、それを統治する機関(たとえば、国家)が樹立されることになります。これにはいくつかのパターンがありますが、第二次世界大戦や冷戦を経た現在では、独裁モデルが破綻するであろうことは容易に想像ができるでしょう。人々が価値観を共有しない状態では、上位機関から行動を強制されることになり、不満が溜まるからです。繰り返しますが、人間はチェスの駒ではありませんから、上に立つ人間の言うとおりには動きません。その人の指示がいかにロジカルであったとしても、です。ハイエク的に言えば、トップダウンは「致命的な思い上がり」です。

4.英米法モデルと大陸法モデル

次に考えられるのが、民主主義的なモデルです。社会というスケールで考えた場合、英米法モデルヨーロッパ大陸法モデルの2つのモデルがあります。ご存知かもわかりませんが、明治以来、日本は後者に属しています。いずれにせよ、民主主義を基調としていますから、多数決原理を用いるわけです。全員の価値観を汲み取ることができないので、その最大公約数を探そうという考え方です。

しかしながら、独裁モデルよりも多少ベターとはいえ、少数者の価値観は考慮されないことになります。また、所詮は価値観の最大公約数ですから、ところどころに不満は必ず生じます。みなさんも、支持している政治家の公約すべてについて、全面的に賛成することはほとんどないはずです。掲げられた公約のどれかには、少なからず不満を持つのではないでしょうか。それは、多数決原理を採用する以上は、必然的に起こりうることです。

5.統合モデル

以上のような分散モデルに対して、価値観を共有する統合モデルの集団は、極めてスムーズに機能します。なぜならば、価値観を共有しているので合意形成が容易だからです。目指すべきところはほとんど一致しています。細部を話し合えば済むだけです。合意形成で問題となるのは究極的には裁定の価値基準ですが、価値観を共有する統合モデルは、この価値基準を明確にできるのです。たとえば、企業理念や企業文化、宗教的教義がこれにあたります。これに対して、英米法モデルでは、裁判によるディベートと陪審制度、大陸法モデルでは議会で制定された法律が価値基準を提供する役割を果たしますが、どちらも時間がかかりすぎます(なお、法とはつまるところ価値基準そのものです)。

統合モデルは、同じ上意下達の独裁モデルと、現実の機関設計自体にそれほど大きな差はありません。ワンマン社長の会社が、統合モデルとなるか独裁モデルとなるかは紙一重です。構成員が会社の価値観を共有しているかどうかの違いだけです。ここでは、統合モデルを機能させる特徴は、ロジックではなく、明確な価値観だということを、強調しておきたいと思います。

◆ビジョナリー・カンパニー

1.統合モデルとしての「ビジョナリー・カンパニー」

長い前振りでしたが、以上のことをポジショニングの図で考えてみましょう。縦軸を価値観の共有度、横軸を集団規模の大きさに設定し、様々な集団をプロットしてみます。

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…こんなかんじでしょうか。図の読み方ですが、右下の領域(第四象限)にある集団は機能不全に陥ります。現代社会や国家がうまく機能していないのは、上で見た通りです。左下の領域(第三象限)でも、集団が機能不全に陥ることがあります。たとえば、学級崩壊とかでしょうか。左上の領域(第二象限)は、集団の統制をとれる領域です。家族や部活動あたりではそこそこ価値観が一致するはずですし、人数も少ないので統制がとれます。完璧に近い統制がとれるのは、図の右上の領域(第一象限)です。宗教組織が典型的な例でしょう。宗教組織の中には、国家を超える規模で統制できている組織もあります。TED動画では、「無神論2.0」なんていうものもありました。無神論2.0とは、ざっくり言えば、宗教的なガバナンス手法を、ビジネスに応用しようとする考え方です。

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則

 

右上の領域には、宗教組織のほかに、「ビジョナリー・カンパニー」というサークルがあります。これは、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』(日経BPマーケティング、1995年)から引っ張ってきました。ビジョナリー・カンパニーとは、簡潔に言えば、時代を超えて成果をあげ続ける未来志向の企業のことです。同書では、ビジョナリー・カンパニーについて、次のように述べられています。

一言でいえば、ビジョナリー・カンパニーの理念に不可欠な要素はない。わたしたちの調査結果によれば、理念が本物であり、企業がどこまで理念を貫き通しているかの方が、理念の内容よりも重要である。(同書115頁)

さらには、こんなことも言ってます。

この本を読む時間があるのだから、読書をしばらく中断して、いますぐ基本理念を書き上げるべきだ。(同書129頁) 

このように、ビジョナリー・カンパニーにおいては、理念が最重要視されているのです。サイモン・シネックの「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」も内容的には同一です。理念の貫徹が大切だと言っているのです。古くは、P.F.ドラッカーくらいまで遡ることになるのでしょうか。ここで言いたいことは、ビジョナリー・カンパニーは統合モデルのお手本であり、このような組織を目指すべきであるということです。

明確な理念を持つかどうかで、統合モデルにあたるか独裁モデルにあたるかが変わってきます。現実には、2つのモデルに境界線などなく、シームレスにつながっています。しかも、理念は目に見えません。これが問題(壁)を気づきにくくしています。価値観の貫徹の問題ですので、いくらロジカルに考えても出口は見つかりません。計画経済が破綻したように、プロジェクトを計画的に実行するほど破綻します。理念を失った状態では独裁モデルに接近し、組織の構成員は計画に従った行動を強制される感覚に陥るからです。その結果として、経営者などの上位機関の側は、「なんで動いてくれないの?」と思うようになります。もう一度繰り返しますが、人間はチェスの駒ではありませんから、他人の思い通りには動きません。本人がその価値観に共感したときに、はじめて自発的に動くのです。ビジョナリー・カンパニーは、明確な理念によって、この問題をクリアしています。

2.はじめの一歩を踏み出そう

ポジショニングの図に戻りましょう。「スタートアップ企業」と書いてあるサークルに注目してください。とりあえず「スタートアップ企業」と書きましたが、別にスタートアップ企業でなくてもかまいません。あなたの属している組織、たとえば、NPOや小規模団体だと思ってください。

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普通は、少人数から組織がスタートしますから、明確な価値観を共有しなくとも問題が起こることはありません。上で説明したように、集団規模が小さければ、知性による合意形成が可能だからです。ところが、このような組織が集団規模を拡大すると統制がとれなくなりはじめます。組織のあらゆる部分がガタつきはじめるのです。これが「壁の正体」です。価値観の共有が不徹底な組織が規模を拡大すると、必然的に機能不全域につっこむわけです。

集団の規模が大きくなるほど、これまで通用していた知性による合意形成が不可能になっていきます。ですから、まったく別の発想が必要となるのです。これまでのやり方は通用しません。ガバナンスの方法をまったく変える必要があります。仮に変えなければ、この記事の一番はじめに列挙したような不満が出続けます。その結果、組織としては、清算手続(解散)に入るか、規模を縮小するかの選択に迫られます。コリンズらが指摘しているように、まずは理念を明確にして、徹底することからはじめなければなりません。その上で、「はじめの一歩」を踏み出す必要があります。

はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術

はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術

  • 作者: マイケル・E.ガーバー,Michael E. Gerber,原田喜浩
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2003/05/01
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マイケル・ガーバーの『はじめの一歩を踏み出そう』(世界文化社、2003年)では、具体的な対策として、マクドナルドやIBMを例に、「事業の仕組化」などを提案します。詳しくは同書に譲りますが、要するに、理念に基づくシステムを構築できればよいわけです。同書の要旨は、簡単に言えば、ビジョナリー・カンパニーという言葉こそ用いられてはいませんが、ビジョナリー・カンパニーという明確なゴールから逆算して対策を立てろと言っているのです。右上の領域に目標を定めて、機能不全域を回避するために上の図の赤い矢印のルートをたどるべきだと。このように主張しているわけです。

3.機能不全域は機能不全のままなのか

最後に、刑法の話に戻りましょう。ここまで書いたら戻らなくてもいいような気もしますが、刑法ブログなので戻ろうと思います。刑法の最大の課題は、もうお気づきかもしれませんが、上の図の機能不全域における人々の規範的統制なのです。ですから、非常に厄介です。価値観の異なる人間を統制することなどおよそ不可能です。いかに刑法が最大公約数的とはいえ、社会的法益の罪における風俗犯あたりになると、かなりきわどいです。どこまで刑法で統制できるのか、また、統制すべきなのかが今後、さらに問題となってくるでしょう。

…ちなみに、この機能不全域をインターネットで解決しようとする考え方もあります。それがイサリアム(※注:本記事執筆当時は、イサリアムは思想段階にとどまっており仮想通貨として現実に流通していませんでした)です。機能不全域をビザンチン将軍問題と構成して、ビットコイン(※注:本記事執筆当時はビットコインしか流通していなかったため、「仮想通貨」という用語ではなく広義の「ビットコイン」という用語になっています)の応用で解決しようというのです。世の中、広いですね…

それでは~

▼本記事執筆から約3年後に、このような世界観が登場しました。

www.re-art.info

仮想通貨革命---ビットコインは始まりにすぎない

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