こんにちは~
前回に続いて、今回も自招侵害がテーマです。ただ、自招侵害の問題は難しすぎです…(TT) 解説ができない…
◆判例の展開(つづき)
(1) 「侵害の急迫性」の問題?
では、決定文を読んでみましょう。
本件の公訴事実は,被告人の前記〔…〕行為を傷害罪に問うものであるが,所論は,Aの前記〔…〕の攻撃に侵害の急迫性がないとした原判断は誤りであり,被告人の本件傷害行為については正当防衛が成立する旨主張する。しかしながら,前記の事実関係によれば〔→事例判断〕,被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。
(最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁)
かなり複雑な判断をしています。
前提として、原判断は「侵害の急迫性」を否定していることを確認してください。これに対して、本決定は「正当防衛の成立を否定した原判断は、結論において正当である」としているので、どうも自招侵害を「侵害の急迫性」の要件で把握していないように思われます。
そもそも、害意のある意図的な挑発だと認定すれば、積極的加害意思を認めて「侵害の急迫性」を否定することもできたはずです(最決昭和52年7月21日刑集31巻4号747頁参照)。そして、本決定がそのような論理を採用しなかったことからすると、本事案はそこまでに至らない自招侵害であると考えることができますが、そうであるとすれば、判例の自招侵害の問題の捉え方を「侵害の急迫性」の要件で把握するものと考えることは困難なのではないかと思います。
(2) 判例の論理
本決定が考慮した事実(の評価)は、
- Aの攻撃は、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたこと
- Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないこと
の2点です。
1点目に関しては、侵害者の攻撃に関して、①行為者(被侵害者)の暴行に触発されたかどうか、②それがその直後における近接した場所での一連・一体の事態といえるかどうかを考慮して、行為者は不正の行為により自ら侵害を招いたと認められるかどうかを判断するものです。
2点目に関しては、そのまま、侵害者の攻撃が行為者の暴行(罪責検討の対象としている行為の前の行為)の程度を大きく超えるものかどうかを考慮することで、行為者の行為が「反撃行為に出ることが正当とされる状況」における行為といえるかどうかについて判断するものです。つまり、侵害者の攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものであった場合には、「反撃行為に出ることが正当とされる状況」における行為といえるということになります。
問題は、これらの判断は、どこの要件でなされているのか、1点目と2点目との関係はどうなのかというところです。
判断の構造としては、「自招侵害かどうか→なお正当な行為と認められるか」というものになっていますので、①侵害行為が不正に触発されたこと、②触発と防衛行為とが一連・一体の事態であること、③触発する行為に対して触発された行為の程度を大きく超えることの3つの要素を「並列」することは困難なのではないでしょうか(これら3つの要素を並列して考える見解として、たとえば、佐伯・総論157頁参照)。
そう考えると、前回、過剰防衛が成立していないので「防衛行為の相当性」を否定したわけではないと書きましたが、もはや過剰防衛が成立しないほどに防衛行為の相当性が欠如したと考えるほかないように思われます。「何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為」は、正当防衛という意味だけにとどまらず、過剰防衛の意味も含むと考えてもよいのではないでしょうか。
たしかに、正当防衛権の否定・濫用と構成することは可能ですが(たとえば、井田・講義288頁注65参照)、それは原理レベルの話であって、要件論としてそのまま用いることはできません。また、正当防衛の要件全体で考慮する見解(たとえば、高橋・総論276頁)も、結局のところ、具体的な判断方法については何も言っていないように思われます。
防衛行為の相当性は、罪責の検討対象となる行為の性質だけではなく、その状況をも考慮することができますし、むしろ考慮しなくてはならないはずです。それゆえ、判例の「反撃行為に出ることが正当とされる状況」をここに位置付けることに不都合はないと考えられます。また、触発された行為が触発する行為の程度を大きく超える場合には、いくら自分で侵害を招いたといってもさすがに予想外のことでしょうから適法行為の期待可能性がないとして責任減少を認めることは可能であるように思われます。
◆まとめ
例によって、論証っぽくまとめておきましょう。
当該行為は「やむを得ずにした行為」といえるか。行為者が自ら侵害を招いているとも思えることから、防衛行為の相当性が認められるかどうかが問題となる。
行為者が正当防衛権を濫用した場合には、行為者の法益の要保護性は減弱すると考えられる。それゆえ、①侵害が行為者の暴行に触発されたものといえるかどうか、②侵害が触発の直後における近接した場所での一連・一体の事態といえるかどうかを考慮して、行為者が不正な行為により自ら侵害を招いたと認められる場合には、もはや防衛行為の相当性は認められないものと考えるべきである。
なお、過剰防衛において刑が任意的に減免される根拠は、恐怖や狼狽等による適法行為の期待可能性の減少(責任減少)に求められるが、上述のような自招侵害の場合においては、自己の触発行為に応じた侵害を予期することは可能である。それゆえ、侵害が行為者の触発行為の程度を大きく超えるものでない限り適法行為の期待可能性が認められると考えられるので、過剰防衛が成立する余地はないと考えるべきである。
それではまた~