◆会計がよくわからない?
会社法の基本書をめくっていると、「計算」という章やら節やらと出会います。
多くの法学部生・法科大学院生は会計知識がないためか、このあたりを読まずにスルーしてしまいます。試験でもそこまで深くはつっこんで聞かれません。ですが、この部分を理解していると、会社法全体どころか民法の担保物権法や債権総論までよくわかるという効用があります。また、この部分の知識は、実務で非常に役に立ちます。
というわけで、今回のテーマは、「計算書類で見る会社法」です。あえて「見る」という言葉を入れたのは「ものすごーく大雑把に考えること」と「図解を多用すること」を趣旨とするからです。会社法領域は条文が非常に細かいですが、とりあえず細かいところはどんどんカットして、会社法を大雑把に記述することにしたいと思います。
(※会社法の教科書では、ガバナンス・ファイナンス・M&Aの3つに分類するのが一般的です。)
もっとも、会社法は、ガバナンス(企業統治)とファイナンス(資金調達)の2つの柱から構成されていますが、前者については、特にこの記事では触れません。この記事では、特にわかりにくいと思われる「ファイナンス」を中心に見ていきたいと思います。
◆貸借対照表と損益計算書
会社法上の「計算書類」(会計書類)には2つあります。
ひとつが貸借対照表(balance sheet. 「B/S」と略す)、もうひとつが損益計算書(profit and loss statement. 「P/L」と略す)です。後述しますが、今の紹介順と異なり、図をあえて右から描いているのには理由があります。
貸借対照表とは、簡単に言えば、資金調達経路(右側/貸方)と現在の会社財産のストック(左側/借方)の2つを金額という単位で定量的に表示したものです。
貸方については、あくまでも「資金調達経路」ですので、たとえば「資本金 1億円」となっていたとしても、手元に現金の形で1億円があるわけではありません。ここにいう「1億円」というのは、観念的な帳簿上の数字なのです。この場合、会社財産を金銭的に評価したうちの1億円部分は少なくとも株式の発行等で調達されているという意味になります。要するに、株式の発行等で調達した1億円を使って会社は買い物をしました、ということです。後述しますが、このお金の調達の仕方によって、貸方は「負債」(計算規則73条1項2号、75条)と「純資産」(73条1項3号、76条)に切り分けられます。他方で、その買い物の中身のうち基本的に消費されないので残るものが、借方で一覧表になっている「資産」(同項1号、74条)と呼ばれているものです。要するに、会社が所有・保有している財産(会社財産)のことです。
これに対して、損益計算書とは、一般的な「家計簿」や「お小遣い帳」と似たようなもので、費用と収益を表示したものです(収益-費用=利益)。
なお、会社法とは直接の関係がありませんが、実務上はこのほかにキャッシュフロー計算書(cash flow statement. 「C/S」と略す)というものを作ります。これは、損益計算書だけでは、現実の現金の流れ(キャッシュ・フロー)が分からないからです。会社の場合には、弁済期が未到来の売掛代金債権なども含んだ数字になりますから、損益計算書でプラスになっていたとしても現金が手元にあるとは限りませんので、下手をすると支払いのほうの弁済期が先に来て「支払不能」、すなわち「破産」ということもありえるのです(破産法15条、16条参照)。
以上3つを合わせて「財務三表」とか「財務諸表」と呼んだりもします。
(※初学者はとりあえず、会社法上の「計算書類」には2種類あるのだ、と覚えてください。)
そもそも、なぜ貸借対照表や損益計算書といった計算書類を開示(会社法440条、金融商品取引法24条1項等)する必要があるのでしょうか?
それは、利害関係人に会社の活動に関する情報を提供する必要があるからです。利害関係人とは、株主や会社債権者などのことで、「ステークホルダー」と呼ばれたりもします。とりわけ、株主との関係においては、定時株主総会で計算書類等を提出・提供して、承認を得なければなりません(会社法438条1項、2項、309条1項)。
では、なぜ利害関係人に会社の活動情報を提供する必要があるのでしょうか?
それは、最終的には、ファイナンスが理由です。つまり、利害関係人に会社の活動情報を提供するのは、事業資金を集めたいからです。会社は、資金を集めることで、はじめて事業(ビジネス)ができるという大前提を押さえてください。お金がなければ、工場も作れませんし、人も雇えません。どこかからお金を調達してこなければならないのです。その調達先が、銀行などの金融機関や投資家というわけです。前者を間接金融、後者を直接金融と呼びます。そして、常識的に考えてもらえばわかるかと思いますが、何をやってるかよくわからない会社に、お金を貸したり、投資をしたりしたいとは思わないはずです。会社の活動に関する情報がない場合、その会社は、本当は破産するかもしれないし、ろくな事業をやっていないかもしれないなどの懸念が生じ、これから株主や会社債権者となろうとする人たちや、既に利害関係を持った人たちとしては不安になるわけです。そんな企業は、信用性がありません。要するに、会社の計算書類は、資金調達のために信用できることを示す情報源なのです。だからこそ、法は、粉飾決算等に対しては、刑事罰まで科して厳格に禁止しているのです(金融商品取引法197条等参照)。粉飾決算は、いわば壮大な「詐欺」にほかならないのです。
◆計算書類から読み取れる会社の活動
計算書類が会社の活動に関する情報提供の役割を果たしていることは説明しました。とすると、計算書類さえ理解すれば、会社の活動の「ほぼ」すべてを読み取ることができるということになるはずです(計算書類で考慮できない事項については、「ドラッカーとマネジメントとその後の世界」を参照)。つまり、会社法が会社の活動に関する法律であるならば、計算書類を理解できれば必然的に会社法の構造も理解できるのです。
具体的に、いかなる情報が書かれているのかというのが上図になります。
会社の活動は、
- お金を集める
- 設備等を買う
- 儲ける
という3つのステップを踏みます。
大雑把に言えば、儲けたお金(収益-費用=利益)の一部は次年度に繰り越されます(内部留保)。つまり、これらのステップはサイクルになっていますので、一事業年度ごとにぐるぐる回ることになり、お金が「自己増殖」します。これを継続事業体(ゴーイング・コンサーン going concern)と呼びます。なお、ものすごく大まかには、株式の発行によって入ってきた会社の基礎となるお金を「資本金」(会社法445条1項)、会社の活動によって利益として増殖した部分を「剰余金」(会社法446条柱書)と呼びますが、いずれも会社(実質的には株主)のものであることに変わりはありません。
そして、①貸借対照表の右側、②左側、③損益計算書は、上図のように、これら3つの企業活動のステップと対応しています(このような理解を徹底する見方を提示したものとして、國貞克則『財務3表一体理解法』(朝日新書、2007年)があげられる)。
◆資金調達(ファイナンス)とは
株式会社の資金調達(ファイナンス)には、大きく分けて2種類あります。
ひとつがデットファイナンス、要するに借金です。ここには、銀行からの借入れや社債の発行、コマーシャルペーパー(Commercial Paper, or CP. 約束手形の一種)の発行などが含まれます。もうひとつはエクイティファイナンスで、株式や新株予約権の発行などです。前者が会社債権者=他人のお金(他人資本)であるのに対して、後者は株主=自分のお金(自己資本)です。それぞれ、会社法に手続きがあるのはご存知と思います。
なお、株式や新株予約権の本来的な機能はファイナンスですが、社債と異なり株主総会の議決権が付いているので、買収防衛策に転用されたりもします。したがって、エクイティファイナンスにおいては、ガバナンスの視点も必要となるわけです。転換社債/転換社債型新株予約権付社債(Convertible Bond, or CB)に関しては、法理論的にはどうみてもデットの領域ですが、実務上はエクイティを担当する人たちが取り扱っています。この意味では、CBは、デットとエクイティの中間的な位置づけとなります。
◆デットファイナンスと担保物権法
株式等の発行と異なり、借金ですから、会社はお金を貸主に返さなくてはならないという問題があります。反対に、貸主(銀行や信用金庫等)にとっての問題は、その会社が本当にお金を返してくれるかどうかです。そして、融資先の会社の事業が失敗したときのために担保をとることになるのです。さらに言えば、銀行の担当者等が担保をとらないで融資した場合には、一般的には背任罪/特別背任罪(刑法247条、会社法960条)を構成しますから、融資の際に担保をとらないという選択肢は、基本的にはありえません(最決平成21・11・9刑集63・9・1117【北海道拓殖銀行事件】参照)。
そこで、具体的にどの会社財産を担保にとるかですが、その候補は貸借対照表の左側を見ればわかります。貸借対照表の左側は、会社財産のストックの一覧表になっているからです。
表の上に行くほど資産の流動性が高くなります。流動性とは、買い手の付きやすさとか、換金のしやすさのことです。一番上は、現金そのものです。大まかには、流動性の高い上半分のカテゴリーを「流動資産」(計算規則74条1項1号、3項1号)と呼び、流動性の低い下半分のカテゴリーを「固定資産」(同条1項2号、3項2号乃至4号)と呼びます。前者は、たとえば、売掛代金債権(実質的な貸金債権)や商品の在庫(倉庫に出入りしている動産)のことです。後者は、土地、建物といった不動産が代表的です。
一般的には、銀行が価格の高い土地(計算規則74条3項2号ト)や建物(同号イ)に抵当権を設定していますから、小さな信用金庫などは場合によっては後順位抵当権者にもなれないことがあります。また、スタートアップ企業は、担保として提供できるような土地や建物を持っていないことがほとんどです。そこで、実務上、ひねり出されたのが、集合流動動産譲渡担保(最判昭和54・2・15民集33・1・51)や集合将来債権譲渡担保(最判平成12・4・21民集54・4・1562)などの非典型担保という法技術です。要するに、倉庫内の商品(同項1号ト)の在庫や細かい売掛金(同号ハ)の束を担保にしようと考えたわけです。このあたりについては、民法の教科書を読んでいると、わけのわからないことをやるものだと思いがちですが、貸し手と借り手の両者による苦肉の策なのです(詳細な経緯等については、池田真朗『民法はおもしろい』(講談社、2012年)138頁以下を参照)。
なお、デットファイナンスでは、このほかに、「証券化」や「シンジケート・ローン」といった手法が用いられます。
◆利益はどこに行くのか
さいごに、儲けたお金(当期純利益≒剰余金)がどうなるのかを示して終わりたいと思います。
既に従業員の給料などを費用として引いた後の話ですから、剰余金は、会社(実質的には株主)のものになります。したがって、それを配当に回すか、いわゆる内部留保に回すかは、法文上の原則としては、株主総会が決めることになるわけです(会社法454条1項、453条、461条1項8号、309条1項等参照)。ただし、大会社(2条6号)では会計監査人(公認会計士の集まり。たとえば、新日本、トーマツ、あずさ等)を置かなければならないので(328条)、現実には、取締役会が剰余金の配当を決めていることがほとんどです(459条1項4号、2条11号)。というより、剰余金をどれだけ配当に回すかということは経営判断の色が強いので、所有と経営の分離が進んでいると思われる大会社では、会計監査人を置くことを条件に取締役会が広い裁量を持つのです。ついでに、「分配可能額」(461条2項柱書)を超えた違法配当の効力をどうするかという論点があったことを思い出してください。
ただ、配当に回すと20%も課税(法人税を引いた後のものに課税するので露骨な二重課税)されるので、見方によっては、株式の価格としては配当に回さないほうが合理的ということにもなります。
このように、計算書類を理解することで、会社法その他の関係法令の理解が進む(と思われる)わけです。
それではまた~
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