緋色の7年間

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「司法試験の採点実感等に関する意見(刑事系科目第1問)」のまとめ(平成20年~平成27年)刑法各論財産犯編

この記事では、刑法各論の財産犯に関する採点実感を整理してみたいと思います。ただ、背任罪に関しては、知識全般が書けていないものとして指摘されていますから、以下で述べることよりも、背任罪の基本事項を優先して勉強したほうがよいかと思われます。

1 窃盗罪

(1) 客体

答案では、財産の具体的な中身を明示し、それぞれについて検討することが必要となります。金銭であれば、具体的な金額についてどのような犯罪が成立するかを検討しなくてはならないことが指摘されています。 

「窃盗罪の限度」と抽象的に示したのみではこの事例における乙の罪責を的確に示したこととはならず,そこでいう「窃盗罪」とは300万円の窃盗であり,2万円に関しては責任を負わないという趣旨なのか,それとも,302万円の窃盗の限度では責任を負うという趣旨なのかを明らかにしなければ乙の罪責を正確に認定したとはいえない。この点については,多くの受験生が罪名を決めただけで安心してしまったものと思われた。(H20・17頁)

(2) 自己物の誤信

故意(刑法38条1項)とは、構成要件該当事実の認識をいい、窃盗罪の場合には「他人の物」に該当する事実の認識を要します。そして、自力救済禁止の要請から、窃盗罪の保護法益財物に対する事実上の占有財物の所持自体)であることから最判昭和24年2月15日刑集3巻2号175頁)、「他人の物」とは、他人の占有する財物をいいます(占有説・判例。ゆえに、自己の所有物であっても、他人が占有する財物であれば、「他人の物」にあたります。刑法242条は、単なる注意規定にすぎません(が、答案でその旨を触れる必要はあります)。そうであれば、他人の所有物を自己の所有物だと誤信したとしても、「他人の物」に該当する事実について錯誤はないので、構成要件該当事実の錯誤とならないことから、窃盗罪の故意が認められることになります。もっとも、自救行為(違法性阻却事由)に該当する事実の錯誤として、故意が阻却される余地があります。

(3) 窃盗罪における「占有」の意義

横領罪と異なり、窃盗罪(刑法235条)の条文には「占有」という文言がありません。したがって、占有の意義は、「他人の物」の解釈として出てきます。前述の通り、「他人の物」とは、他人の占有する財物をいい、ここにいう「占有」とは、財物に対する事実上の支配をいいます(大判大正4年3月18日刑録21輯309頁)。そして、財物に対する事実上の支配の有無は、支配の事実支配の意思とを総合して社会通念に従って判断します(通説・判例。ただし、支配の意思については、補充的に考慮されるにとどまります(H27参照。西田・各論143頁、山口・各論178頁)判例が占有を肯定する類型は、【①】財物を意識してその場所に置いて、一時的にその場所から離れていた場合、【②】財物を置いたことを失念したが、いまだ財物を取り返せる距離にいる場合の2類型です。なお、答案では、占有の帰属主体を明示しましょう。

(4) 不法領得の意思

判例は、不可罰の使用窃盗を除外し、毀棄隠匿罪と区別するために、「書かれざる構成要件」として不法領得の意思を要求します。不法領得の意思とは、権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、利用し処分する意思(権利者排除意思+利用処分意思)をいいます(大判大正4年5月21日刑録21輯663頁。なお、現在の判例は、「経済的用法」に限定せず、「効用を享受する意思」があれば足りるとする)

受領行為を財産的利得を得るための手段のひとつとして行っている事案であっても、受領した財物をそのまま廃棄するだけで、ほかに何らかの用途に利用・処分する意思がなかった場合には、不法領得の意思は認められません(最決平成16年11月30日刑集58巻8号1005頁)。要するに、判例は、取得する個々の財物の単位で、その財物自体の利用処分意思を検討しているわけです(H27参照)

2 強盗罪

(1) 暴行・脅迫の認定

強盗罪における「暴行又は脅迫」とは、恐喝罪(刑法249条)との区別の要請から、財物奪取等に向けられたものであって、社会通念上一般的に被害者の犯行を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫をいいます最判昭和24年2月8日刑集3巻2号75頁)。被害者の犯行を抑圧するに足るものか否かは、犯人および被害者の①性別、②年齢、③犯行状況、④凶器の有無等の具体的事情を考慮して判断します(西田・各論168頁)。採点実感で指摘されている通り、暴行・脅迫の認定では、様々な事情を拾って適切に評価できるかどうかがポイントで、たとえば、採点実感では「〔被害者が〕容易に助けを求められる状況にないこと」などを考慮している答案が評価されています(H20・16頁)

(2) 「強取」の意義

強取」とは、被害者の犯行抑圧状態を利用して財物等を奪取することをいいます。すなわち、前記の暴行・脅迫と奪取行為との間に因果関係関連性)が要求されます(H20・17頁、H27、西田・各論170頁、山口・各論216頁以下)。被害者が財物を放置して逃走した場合と、被害者が逃走中に財物を落としてしまった場合とで、処理が分かれたりします。因果関係(関連性)が否定される場合には、強盗未遂罪と恐喝既遂罪/窃盗既遂罪との観念的競合等になります。

平成27年の試験では「かばんの持ち手を引っ張る」という行為が問題になりました。判例は、バッグを離そうとしない女性を引きずって傷害を負わせた「ひったくり」の事案において、窃盗に失敗したことから強盗に変じて奪取の目的を達成し、その過程において強盗の犯意を生じたことが認められるとした原審の決定を追認しています(最決昭和45年12月22日刑集24巻13号1882頁)。要するに、前提として「かばんの持ち手を引っ張る」という行為自体は「暴行又は脅迫」や「強取」にあたらないことから、ひったくり行為は、基本的には窃盗罪であるという理解なのです。学説では、「暴行がもっぱら財物を直接奪取する手段として用いられた場合には、それは反抗の抑圧に向けられたものではないから、強盗罪は成立しない」などと表現されます(山口・各論218頁)。これが強盗となる余地が出てくるのは、被害者が財物を離さないという事情があって、反抗抑圧手段がとられたような場合に限られます。

3 横領罪

主に問題点として指摘されているのは、①「占有」の意義・認定と、②既遂時期の2点です。

(1) 横領罪における「占有」の意義

横領罪における「占有」とは、刑法254条(占有離脱物横領罪)との関係から、委託に基づく処分可能性を有することをいい、事実的支配のみではなく法律的支配をも含みます(通説・判例。採点実感がいうには「濫用のおそれのある支配力」の観点を論じるべきということらしいですが(H24・24頁参照)、「処分可能性」という表現でけっこうです(西田・各論234頁参照)

窃盗罪のところでも触れましたが、財物の具体的内容や所有者・占有者を明示しなければなりません(H21・20頁)。答案では、「甲は、Aが所有する~を、~ということからAの委託に基づいて占有しており」などと、①占有の対象、②所有者、③占有者等を明示して記述しなければなりません。特に、預金がやっかいで、あくまでも客体は財物ですので、占有の対象は、預金債権(消費寄託契約に基づく寄託物返還請求権)ではなく、「Aの口座に預金として預け入れられた現金」といったように正確に書かなければなりません(H21・20頁)。これを「預金による金銭の占有」と呼びます(もちろんレトリックですが)。「預金による金銭の占有」であって、「預金の占有」ではありませんので、十分に注意してください。

(2) 横領罪の既遂時期

既遂時期については、不動産の横領で問題になりました(H24・25頁)。横領罪が利欲犯であることから、「横領」とは、自己の占有する他人の物について不法領得の意思を外部に発現する一切の行為をいいます(領得行為説・判例。横領罪には未遂犯処罰の規定がないので、不法領得の意思が外部に発現した時点で既遂になります。要するに、基本的には民事法上の意思表示の時点で既遂に至るわけですが、登記が対抗要件になっている場合には、確定的に所有権侵害が生じる時点、すなわち登記の完了をもって既遂となると考えられています(西田・各論247頁参照)。学説では、このあたりがおそろしく曖昧なまま放置されていまして、正直よくわかりません。ここからは私個人の理解ですが、横領罪は、挙動犯かつ侵害犯であって、横領行為は、あくまでも横領罪の実行行為ですから、理論上、所有権侵害が要求されることになるはずです。そうすると、字義的・形式的に「不法領得の意思が外部に発現」したといえる場合であっても、なお所有権侵害が認められず「横領」にあたらないという事態が生じます(H27参照)だったら最初から「一切の行為」なんて言わなければいいはずですが。なお、ものすごくややこしいですが、二重譲渡の事案において、第一譲渡によって「物の他人性」を獲得する時期の論点とは異なることに注意してください。

4 財産犯の区別?

とりわけ財産犯において問題となるものですが、A罪とB罪の区別が問題とされます。これまでの司法試験では、具体的には、背任罪と業務上横領罪の区別(H21、H24)窃盗罪と業務上横領罪の区別(H27)が問題とされているような、されていないようなかんじです。区別を論じるべきかどうかについては、採点実感では歯切れの悪い記述になっているのです。

まず、区別を論じるなとした採点実感はこちらです。

横領罪と背任罪の関係について,そのいずれを検討すべきか,両罪の区別に関する一般論を長々と論じる答案。このような点を論じても,結局は,個別の犯罪構成要件の充足を論証しない限り甲乙に成立する犯罪を確定することはできないのであるから,詳細に論述することに余り意味はない。(H21・19頁)

逆に、区別を論じるべきだとした採点実感はこちらです。

抵当権設定行為について,横領と背任の区別を全く論じないまま,業務上横領罪又は背任罪の成否を論じている(H24・24頁)

基本的には、法定刑の重い犯罪の構成要件の適用から検討しますから、ほかの罪との区別を論じることは論理的にありえません。法定刑の重い横領罪が成立すれば、背任罪の成立が問題となることはないからです。一部の学説でも、「まず、委託物横領罪〔引用者注:単純横領罪のことだが、業務上横領罪も含む〕の成否を問題とし、その成立が否定された場合、次に背任罪の成否を問題とすることで足り、委託物横領罪と背任罪の区別に関する特別の議論は不要である」とされています(山口・各論333頁以下)。この点では、平成24年の採点実感は、明らかな誤りということになります。「特別の議論は不要である」という議論を、答案に書けとでも言っているのでしょうか。

この流れの中で、平成27年の採点実感では、以下のような記述がなされました。

甲の〔…〕罪責を論じるに当たって,業務上横領罪ではないから窃盗罪が成立するなどと結論付ける答案も見られた。比喩的に言えば,A罪とB罪の区別が問題となることもあり得るが,A罪が成立しないから当然B罪が成立するわけではなく,B罪が成立するためには同罪の構成要件に該当することが必要なのであって,その検討が必要であるとの意識が乏しい受験者もいると思われた。(強調引用者・H27)

とりあえず、構成要件の検討さえできていれば最低限のラインは押さえていることになると思われますので、区別の問題に関しては、思い切って素通りするか、ひとこと軽く触れてみる程度でよいのではないかと思います。

次回は、財産犯以外のまとめ。

▼財産犯以外編

▼総論編

takenokorsi.hatenablog.com

(※参照文献は、現時点での最新版です。)

 

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