緋色の7年間

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平成22年度旧司法試験第二次試験論文式 刑法第2問 ふんわり解説

ブログ書くのも、けっこう時間がかかるんですね…(記事ひとつで午前中が吹き飛ぶ…)

第 2 問

 甲は,紳士服の専門店であるA社の営業担当者として高級紳士服の販売を担当していた。甲は,遊ぶ金に困ったことから,顧客から金銭を入手してこれに充てようと考え,A社を訪れたBに対し,Bのためにオーダースーツを製作する意思などないのに,「お客さん,良いオーダースーツをお作りいたしますよ。20万円で一着ご用意できます。」と持ち掛けた。日ごろから既製品のスーツに物足りなさを感じていたBは,甲の話を聞いて,オーダースーツなら注文してもよいと考え,「では,ひとつスーツを作ってもらおうか。」と言ってオーダースーツを注文することとした。そこで,甲は,Bに好みの生地を選ばせたり,Bの身体の寸法を測るなど,あたかもオーダースーツを製作するように装いつつ,「この生地ですと代金は20万円ですが,7万円を内金として預からせてください。スーツの出来上がりは今日から4週間後になります。」と言った。Bは,甲の言葉を信じて,その20万円のオーダースーツを注文し,内金として,現金7万円を甲に預けて帰って行った。しかし,甲は,直ちにその7万円全額をパチンコに費消した。

 その4週間後,甲は,Bに電話して,「スーツが出来上がりましたので,ご来店ください。」と告げ,BをA社の店舗に呼び出した。来店したBを出迎えた甲は,Bを店舗内に待たせたまま,その店舗から徒歩数分の場所にある既製服を保管している同社の倉庫に行き,同社の既製服部門の責任者であり,かつ,同倉庫における商品の出入庫を統括管理しているCに対し,「チラシの写真撮影用にスーツを1着借りていくよ。」と言った。Cは,甲のその言葉を信じ,「わかりました。でも,すぐ返してくださいよ。」と答えて甲が倉庫から既製品のスーツを持ち出すことを認めたため,甲は,Bが選んだ生地に似ていて,Bの体格に合ったサイズの既製品のスーツ1着(販売価格20万円)を選んで同倉庫から持ち出した。そして,甲は,店舗に戻り,待っていたBに対し,「ご注文のスーツでございます。」と言って,その既製品のスーツがあたかもBが注文したオーダースーツであるかのように見せ掛けてBに手渡した。Bは,その場でそれを試着したところ,自分の身体にぴったりだったので,そのスーツが既製品であるとは気付かずに,「これでいい。さすが注文しただけあって,着心地もなかなかだ。」などと満足して,その場で13万円を現金で支払い,そのスーツを持ち帰った。その後,甲は,この13万円全額を自分個人の飲食代として費消した。

 甲の罪責を論ぜよ。

法務省ホームページ

※解説における法令・判例・学説等は、現在のものを使います。

1.行為の分析

今回は、甲ひとりの罪責の検討なので共犯関係を論じる必要はないが、行為の数(というより被害者の数)が多く、その相互関係が非常に複雑である。ただ、解答方針としては、原則通り、個々の行為について犯罪を検討し、あとで罪数処理を行えばよいことに変わりはない。問題文中で論じる余地のある行為は、以下の通りである。

  1. Bに対して、20万円のオーダースーツを注文させた行為
  2. Bに対して、内金として現金7万円を甲に預けさせた行為
  3. (7万円全額をパチンコに費消した行為)
  4. Cに対して、倉庫から既製品のスーツを持ち出した行為
  5. Bに対して、既製品のスーツに現金13万円支払わせた行為
  6. (13万円全額を自分個人の飲食代として費消した行為)
  7. (その他、A社に対する背任行為?)

仮にこれらの行為すべてに犯罪が成立するとして、トリプルカウントかもしくはそれ以上の状態(つまり、20万円のスーツ1着をめぐる犯罪で総額として60万円以上の被害があるように見えること)も起こりうることがわかる。本問においては、これらすべてを甲に帰責しえないのではないかとの価値判断が根底に置かれるべきであろう。論じる順序は、A社に対する罪責→Bに対する罪責→Cに対する罪責の順で問題はない(意外と司法試験は親切設計である。もちろん、時系列に沿って順に検討してもよいだろう)。

2.A社に対する罪責について

明らかにメインの論点ではないので、あっさり書く必要がある。A社との関係では、甲の一連の行為が背任罪(247条)を構成するのではないかという点と、「売上」と表現してよいのかどうか甚だ疑問だが、20万円を自ら費消したことが業務上横領罪(253条)を構成するのではないかという点が問題となる(余談だが、パチンコ代ならともかく、飲食代に13万円も使うのはかなりたいへんではないかと思うが…)。背任罪に関しては、BやCに対する個別財産に対する罪として評価していけばよいし、合計20万円の費消に関してもそれらの罪との関係で不可罰的事後行為となるものと考えられるため、結局のところ、A社との関係では、犯罪を成立させる必要がないように思われる。

3.Bに対する罪責について

Bの罪責の検討は難しい。実務的には、4週間もの期間が空くとはいえ、行為全体を観察してひとつの1項詐欺罪を成立させればよいと思われるが、司法試験でそれが求められているのかというと、答案の分量からすれば疑問である。それゆえ、やはり個々の行為を見ていくしかない。検討するのは、(1) Bに対して、20万円のオーダースーツを注文させた行為、(2) Bに対して、内金として現金7万円を甲に預けさせた行為、(3) Bに対して、既製品のスーツに現金13万円支払わせた行為の3つである。

はじめに確認しておきたいが、内金(うちきん)とは、代金の一部支払いのことである(潮見佳男『債権各論Ⅰ 第2版』(新世社、2009年)57頁参照。手付とは異なる)。問題文では、なぜか「現金7万円を甲に預けて」となっているが、特に問題なく占有の移転があったとしてよい。それゆえ、金銭の占有と所有が一致することを指摘するまでもなく、内金に関しては、支払いの時点で占有の移転が認められる。ここから、Bとの関係では、甲の7万円の費消に業務上横領罪(253条)が成立する余地はない(不可罰的事後行為も観念できない)。他方で、仮に問題文の表現に合わせるのであれば、使途が定められた金銭の所有の問題と、その後の横領行為が不可罰的事後行為であることを論じる必要が出てくる。

Bに対して、20万円のオーダースーツを注文させた行為について検討する。売買契約民法555条)の要件、すなわち、代金債権発生の要件は、財産移転約束代金支払約束の2点であり、これらがなされた以上は、代金債権が発生している。そこで、2項詐欺罪(246条2項)の成立を検討することになるが、それならば、最初から1項詐欺罪の検討をすればよいであろうと思われ、あえて行為を分割して混合的包括一罪に持っていくのは苦しい論理であるように思われる。それゆえ、この行為を単体で評価するのではなく、具体的に7万円交付部分と13万円交付部分の検討に合わせて考慮していくのがよいであろう。

したがって、Bの罪責に関しては、答案上は、内金として現金7万円を甲に預けさせた行為に詐欺罪(246条1項)が成立するかどうかから検討をはじめることになる(なお、この詐欺罪はあっさり認定してよい)。問題は、一応の対価給付があると思われる13万円交付部分である。よく考えると、対価給付に関して本来は20万円全体で考えるべきところを13万円で考えていくこと自体に違和感を払拭できないが、7万円の交付当初に対価給付たる既成のスーツを提供する意図がなかったとすれば、このように考えざるを得ない。

ここでの問題は、財産上の損害の有無である。詐欺罪は、背任罪とは異なり個別財産に対する罪であるから、個別財産の移転自体が財産的損害となる。それゆえ、条文上は、「財物を交付させた」と記述するのみで、あえて財産上の損害を要件とはしていない。しかし、対価給付がある場合にも全て詐欺罪が成立するとなれば、ビジネスはほとんど成立しなくなってしまう。そこで、詐欺罪の成立範囲を画するために、結局は、財産上の損害が要件となっているものと解される(つまり、交付自体を損害と考える形式的個別財産説は、解釈論というより反解釈論である)。これについて、判例は、実質的に損害を把握する方法を採用しているようである。本問では、Bは既製品のスーツに満足してしまっているが、そもそも価格相当の商品の提供ではなく、また、オーダースーツと既製品のスーツとでは品質が異なる(オーダースーツのほうがもっと着心地がよいかもしれない)ため、財産的損害を認めてよいだろう。

4.Cに対する罪責について

既製品のスーツの持ち出し行為について、倉庫の商品を管理しているのはCであり、甲自身は当該スーツに対して濫用のおそれがある支配力を有していたとは思われないので、横領罪における「占有」はない。そうすると、Cに占有があると解される以上は、窃盗罪(235条)か詐欺罪(246条1項)のいずれが成立するかということが問題になる。

窃盗罪詐欺罪分水嶺は、意思に反した占有の移転の有無(あるいは、意思による占有の移転=処分行為の有無)である。窃盗罪は、占有者の意思に反して自己または第三者に占有を移転させる犯罪であり、本問の事情がこれに該当するかどうかを指摘する必要があるだろう。本問では、Cの持ち出しの許可があり、また、既製品のスーツは没個性的で可動性が高い性質があることなどから、持ち出しを許可した時点で事実上の占有が失われたとみることが可能であるため、意思に反する占有の移転とは言い難いように思われる(参考として、東京地判平成3年8月28日判タ768号249頁参照)。もっとも、甲の行為に詐欺罪が成立する方向で検討するにしても、Cは口頭の表現からすると必ずしも当該スーツの処分を許したものとは解されないため、還付金詐欺事件などと同様に、処分行為(処分意思)の内容について丁寧に論じる必要があるだろう。

5.罪数処理について

 Bに対する詐欺罪の7万円部分と13万円部分との関係が非常に悩ましいところである。犯意を継続して時間的・場所的に近接した状況の下で同一の法益の侵害に向けて行われた数個の行為であると言えれば、接続犯として包括一罪となるものと考えられるが(最判昭和24年7月23日刑集3巻8号1373頁参照)、本問では、犯意が継続しており、法益も同一であるといえるものの、4週間もの時間的隔たりがあることをどう評価するか。仮に時間的近接性(行為の一体性)が認められないとすれば、併合罪(45条)となるが、それはそれで違和感があるようにも思われる。

いずれにせよ、Cに対する詐欺罪とは併合罪となる。

 

なお、出題趣旨は以下の通りである。 

(出題趣旨)

本問は,紳士服販売店の営業担当者が顧客にオーダースーツを販売する旨虚偽の事実を述べてスーツを販売する契約を締結し,その代金名目で相当対価の金銭を受領するとともに,同販売店の倉庫管理者にはチラシの写真撮影用である旨虚偽の事実を述べて同倉庫内に保管されていた既製品のスーツを持ち出し,これを顧客に交付したという事例を素材として,事案を的確に把握し,分析する能力を問うとともに,詐欺罪等の財産犯の成立要件に関する理解と事例への当てはめを問うものである。

法務省ホームページ

 

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