緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

事務所弁護士の「専門性」に関する一試論

はい、今回のテーマは弁護士の「専門性」です。

もうわたしが述べる意味はなさそうな語り尽くされていそうなテーマですが、読者に新たな気づきがあれば幸いです。

非法律家向けにご説明しておきますと、弁護士の場合には医師とは異なり診療科のような専門分化はなく、多くの弁護士は頑張ればだいたいほぼすべてカバーできます。司法試験でも選択科目はありますが、それが専門領域となるとは限りません。

それでは、あえて「専門性」が提唱される理由は何でしょうか?

1 マーケティングとしての「専門性」

そもそもマーケティングとは、お客様の視点から見れば、自己の抱えている課題とお金を出してその解決策が買えることを認知させる施策のことです。また、サービス提供者の側から見れば、多数の有望な見込客(リード)を獲得し、営業担当者(インサイドセールスやフィールドセールス)に受け渡して確実に成約に結びつける施策を意味します。法律事務所の場合には、オンラインであれオフラインであれ対面の法律相談(要するに、有償の商談。スポットの法律相談自体を解決策として提供する場合には考え方が変わってきますが…)に流すところまでがマーケティング活動です。商業広告を打つことだけを「マーケティング」と呼ぶのではありません。古典的には、お客様の課題に対する解決策として成立している前提 (これを Problem-Solution Fit, or PSF と呼びます) の下、STP + 4P で適切な市場の探索が行われます(STP はセグメンテーション→ターゲティング→ポジショニング、4P は Price Place Product Promotion のビジネスフレームワークです。これがすべてではまったくないわけですけれども。)。

このようなマーケティングの文脈の中では「専門性」があれば「●●のことだったらこの人に聞けばいい」と認知や関心、記憶を喚起しやすくなるため、ポジショニングやプロモーションなどで有効だと考えられているということです。「●●のこと」というのがポイントで、法律事務所の場合には解決策があらかじめ提示されない(できない)傾向があるため、オブジェクトが「専門性」や「取扱領域」、「人」、あるいは「事務所」にまでずれるといいますか、ぼかされるのです。しかし、ユーザーインターフェースとしては、率直に言えば微妙です。たとえば、退職代行だとか、扶養料の支払だとか、オブジェクトをもう少し絞るほうが訴求力は高くなります。

非弁業者が正規の弁護士よりサービスが「売れる」のは非合法なことをしているからではなく正規の弁護士がマーケティングで負けているからです。実際にはほかに解決すべき問題が出てくるではないか、真面目に考えれば絞れないではないか、と思われるかもしれませんが、それは商談まで引き込んでから実質的なアップセルやクロスセルとして対応すればよい話で、マーケティングの段階でぼかしても究極的なオブジェクトを遮蔽するだけであまり意味はないのではないかと思いますがどうでしょうか。実現可能かどうかはともかくとして、そもそも対面の相談自体が手間というケースもあるはずで、その場合はオブジェクト指向のユーザーインターフェース (OOUI) のデザインがすべてです。

2 業務効率としての「専門性」

マーケティング面以外で「専門性」がそこまで必要なのか個人的には長らく疑問に思ってきました。ブティック系事務所の中の人からも「専門性」は流入窓口(チャネル)に過ぎず、より大きなキャッシュポイントはその人からの紹介案件やその領域に関連して必ず発生する特定のイベントであるという話も聞きました。経営判断原則の観点から、一部の企業法務系法律事務所の場合には「有名であること」自体が価値になるため(こんなに有名な先生に頼んで間違えたのだからほかに方法があるわけがなく取締役の私に責任はありません云々)、それはそれでそういう種類の儀式として売っていけばよいとは思います。しかし、実体的な価値としては長らく疑問でした。いくらその分野の情報の鮮度が重要といっても、リサーチをすれば弁護士であればだいたいわかるはずだからです。しかし、最近になってきてようやくわかってきましたが、まともにリサーチする実務家はわたしが思っていたよりも多くはなく、実はリサーチ環境さえろくに整っていないこともあるのです。そもそも理詰めで考える人も思ったより少ないという。場合によっては自分で考えることなくすぐに行政に確認してしまう方もいますし。こうして「専門性」は、事実上、対競合という点で相対的に、クライアントへのレスの早さとして反映されます。これが決定的です。純粋にスピードの問題だと思います。そういう意味では、よほどマイナーな領域や手間のかかる領域と遭遇しない限り、実は優秀なインハウスローヤーがいれば企業法務のかなりの部分は解決できてしまうような気がするのですよね……。

3 翻訳変換装置としての「専門性」

そこで、レスの早さに解消しきれない問題は何だろうかと考えたときに思い当たるものは、その分野の「言語」かな、と。いわゆるドメイン知識とはちょっと意味合いが異なってきますが。知識というかジャーゴン的な言語ですね。当該領域で言語変換ができることです。典型的には自然言語です。たとえば、中国語。レスの早さもそうですが、中国語圏の政治や慣習、文化などを実感として把握していないと助言はなかなか難しいです。あるいは、形式言語でも技術的背景でも結構ですが、たとえば、特許のクレームだったら、その抵触だけではなく迂回していく方法まで考えられなかったら価値を出せないわけですよね。そういう意味での「言語」を共有しているかどうかは非常に重要です。ここにいう「専門性」は、法的言語とドメイン言語の間の翻訳変換のことです。これはコアなものになりそうな気がします。弁護士+α の肩書き(というか経験や知識であれば何でも構わないのですが)を持つ方が強いのはここでしょう。なお、インハウスの場合に全領域をカバーすることは困難であるという前提ですが、ビジネスとその人のバックグラウンド次第では、こちらもかなりの範囲でカバーは可能であろうと思われます。

まとめ

専門性が必要な理由は、次の観点からです。

  1. マーケティング
  2. 業務効率
  3. ドメイン言語との翻訳変換

なるほどねぇ…

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