緋色の7年間

制約を原動力に。法律事務所の弁護士と大手企業の法務担当者が、時に制約と闘い、時に制約を迂回していきます。

リーガルテックの将来像ー第1回 現状概説?

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

本稿のテーマは「リーガルテックの将来像」です。

具体的なプロダクトやサービスの解説は一切しません(取り上げた取り上げないで禍根を残したくないし)。第1回では、みなさんの頭の中で、リーガルテックの大枠というか背景を描いてもらうことを目的にします。

なお、本稿執筆にあたりまして、執筆者の環境の都合上、雑誌論文のほうまでフォローできておりませんので、あらかじめご了承下さい。追って拝読をさせてください。

1 リーガルテックとは何か?

リーガルテック Legal Tech とは、「法律業務を支援するテクノロジー」(佐々木隆仁『リーガルテック』(アスコム、2017年)3頁)、「法律関連のサービスやシステムに利用される情報技術Legal Design Labをいいます。フィンテック Fin Tech などと同様に「○○ × テック」シリーズのひとつです。

もっとも、この用語は、スローガンとしての意味合いが強く、あまり実践的意味は持ちません。しばしば「○○ × ○○」のように組み合わせることが流行っていますが、基本的には宣伝的文脈でしか用いられない表現です。実践的に重要なことは法領域における個別問題の解決に情報技術が使われるということですから、本稿では、リーガルテックとは「法領域への情報技術の導入を伴う個別サービスの総体」をいうものと考えておきたいと思います。

2 リーガルテックの背景 

リーガルテックの問題意識は、情報の爆発的増大に伴う生身の人間のキャパオーバーにあります。というのも、冷戦終結後から現在に至るまでの約30年間にインターネットが劇的に発達し、私たちがやりとりする情報量が飛躍的に増大したからです。

三大インフラといえば、エネルギー(熱量)、モビリティ(移動)、コミュニケーション(通信)の3つですが、インターネットの発達は、このうちの通信の領域が著しく発展したことを意味します。インフラの変化が激しいと、それに乗っかっている産業の変化も当然に激しくなります。それはいわば「波動」にたとえることができるでしょう。

昔で言えば「高度情報化」、今で言えば「デジタル化」と呼ばれる波ですが、この波は、まず実体を持たない産業であった金融関連領域に波及してエコシステムを形成し、次に実体を持った産業に波及してモノのインターネット(略称「IoT」)を取り込んだサイバー・フィジカル・システム(略称「CPS」)を形成するに至ります。つまり、様々な産業がデジタルシステムによって支配されるようになったということです。もちろん法実務も、このような波と無関係ではいられません。法実務は、本来的に、企業活動や個人生活が反映されたものだからです。

この意味するところは、企業や個人がデジタルシステムの一環をなし、例外なく大量の電子データを保有するようになったということです。とりわけ最近では、SaaSーサブスクリプションモデルと呼ばれるデータストックを意図したビジネス形態が主流になりつつあることに注意が向きます。SaaS とは Software as a Service の略称で、要するにサービスの提供形態としてネットワークに接続されたソフトウェアの機能を必要とするだけ提供することです。また、サブスクリプションとは一回的支払方式ではなく永続する定期的な支払方式のことです。この SaaSーサブスクリプションモデルの最終的な狙いは、コストダウンとともに、ユーザーから取得したデータを集積し、いわゆるビッグデータとしてAIなどにより統計的に処理し、これをもとにユーザーに最適化されたサービスを提供することにあります。そんなわけで、ともかくも、ビジネスメールといった従来的なものから個人のライフログに至るまで、特に企業において取り扱われるデジタル情報が劇的に増えました。この結果として、法実務において取り扱うべき情報量も劇的に増えることになります。

もちろん、重要な情報はその中の一部に過ぎません。つまり、膨大な情報の中から重要な一部の情報を探してこなければならなくなったのです。たとえば、アメリカではディスカバリー(裁判体が正確な情報をもって判断するための前提的情報収集行為。証拠開示類似の制度)を受けると膨大な量の情報を精査しなくてはならなくなりました。責任回避と隠蔽体質のために情報を出したがらない日本の裁判所や官公庁や企業とだいぶ違いますね! その精査にかかる時間は情報の規模にもよりますが、1か月とかそれくらいはかかることがあります。1か月間ずーっと会社のパソコン画面に向かって過去のメールなどを目視でチェックすることを考えるとおそろしい負担です。もはや人の手でやっていられません。そこで登場したのが、リーガルテックです。これは人の手ではなくテクノロジーの力を使わざるを得ない状況に追い込まれたことを意味します。

このように、リーガルテックは、当初は、もはや人間のキャパでは困難なことを実現する手段として、ある意味で「仕方なく」登場してきました。はじめは単に業務を効率化しようという試みから出てきたわけではないと思われます。もっとも、日本のケースはアメリカなどと登場背景が異なっており、既に向こうで進んでいたリーガルテックを参考にして、それを業務効率化の観点から取り込むという色彩がどうしても強くなります。

この意味するところは、アメリカとは異なり日本の場合には前提となる電子データが少ないというリーガルテックの適用上の問題が出てきてしまうということです(そもそもすべてのログを残さないような組織体質が根本的におかしいんですけどね!)。つまり、日本固有の問題として電子データ化の問題が付け加えられることになります。また、このことは、人の手からリーガルテックへの移行のボトルネックとして、突き詰めるとリーガルテックの市場浸透速度を遅くする方向に作用してきます

流れとしてはそういうわけですけれど、とりあえずここでは「さしあたり」、リーガルテックは業務効率化を目指すものであると考えておいてください。

3 日本国内におけるリーガルテックの需要

日本の場合、従来は、比較的高度な司法試験やその後の司法修習という一定期間の実務研修で人間の事務処理能力(情報処理能力)を担保していました。比喩的に言えば、品質管理工程を置くことにより、規格化された製品であるプロテイン型コンピュータとしての実務法曹を製造していたのです。司法試験や考試(二回試験)が異常なまでに事務処理能力を測ることに傾斜した設問設計であるのはそのためです。これによって、多様性確保の建前とは裏腹に、法学部→法科大学院→司法修習とフェーズを経るごとに思考回路は画一化・統一化され多様性は失われていきます。法科大学院では「リーガルマインド」による統制が宣言され、司法研修所では「考え方が大切だ!」といった形で統制が宣言されます。後者については「あなたたちそれぞれの考え方が大切だ!」という意味ではなく「司法研修所の考え方が大切だ!」という意味です。司法研修所の考え方以外で起案をすれば当然に得点は入りません。これを「共通言語」などと呼びます。つまり、実務法曹になろうとする者のほうを裁判手続のインターフェースに適合するように設計し直すわけです。いわば、実務法曹になろうとする人々は起案の採点を媒介した厳格なパラメータ統制により規格化された情報処理機械になるべくして製造ラインを流れていくわけです。

ところが、急激なデジタル化が進行する現在、もはやこのような品質管理工程を経由しても簡単にキャパオーバーを生じてきます。そこで、法曹業界では、まず企業法務(あとは一応、裁判所)を中心として専門分化の構えを取り始めました。最近では大都市圏のいわゆる一般民事系法律事務所もこの流れになってきています。法曹人口の増大で競争的観点から専門分化したという側面もありますが、なによりも特定の分野に絞らなければ日々変化し、増え続けるデジタル情報をフォローできなくなったのです。しかし、いわば機関設計的に専門分化するだけではなかなか対応が厳しいところがあります。というのも、物量を伴う定型的な仕事や単純作業は専門分化と相性が悪いからです。ここに、日本のリーガルテックの第1の需要があります。要するに、生身の実務法曹に代わって、リーガルテックによる情報処理を活用することが求められるということです。

他方で、民間企業のほうでは少子高齢化により人材が不足してきました。待遇の観点から外国人だけでは人材不足を補いきれません。外国人技能実習生の動員をもってしても困難でしょう(そもそも技能実習じゃないよね…?)。優秀な人材はグローバル化(事業のアウトバウンドとか)の前線に回す必要もあります。そうなると、法務部などの管理部門(通称「利益を生まないコストセンター」)に人的リソースを割いていられません。そこで、日々発生する定型的な仕事や単純作業は機械的に処理したいという発想につながります。リーガルテックの第2の需要は、ここにあります。

日本国内においては、このような背景の下、「業務効率化のためのリーガルテック」という一群の動きが生じてきたのです。周知のとおり、そもそも法曹業界のデジタル化自体が致命的なまでに遅れており、現在でも、紙、綴り紐、印章、ファクシミリ、風呂敷といった古代兵器が公然と使用されている状況にあります。おそらく裁判所内部のパソコンはインターネットにもつながれていません。事件記録や判決文などがほとんど公開されていないのもご存じのとおりです。しかも公開されてるものもPDFっていう。法律事務所では電子メールを送れない弁護士やエクセルを使えない弁護士も驚くほどいます。きれいな経歴してるだろ? これでいまどき小学生でもできるプログラミングができないなんて嘘みたいだよな?

4 まとめ

以上をまとめましょう。

  1. 日本のリーガルテックは法律実務の効率化のために登場した。
  2. 日本のリーガルテックは電子データ化の前提的問題を伴う。
  3. 日本のリーガルテックの主な需要は定型業務や単純作業の代替にある。

そういうわけで、これからのリーガルテックは、企業法務部や法律事務所において、業務効率化のためにじわじわと比重が増えていくことでしょう。

おわり。

 

 

……

 

……そんな程度で終われるかああああああ

5 長い前振りでしたがここからが本編です。

改めまして、第1回では、みなさんの頭の中でリーガルテックの大枠を描いてもらってから、そういう固定観念をぶち壊すことを狙いました。

業務効率化?

人間の工程を機械に置き換える?

はぁ? なにそれ退屈。

発想が貧困なんじゃないの?

リーガルテックは、組織構造や社会構造を変革するためにこそ威力を発揮します。

既存の構造を破壊し、新たな構造を創造するためにこそ使われるべきです。

というわけで、次回第2回は、一度、固定観念を吹き飛ばしてリーガルテックを再検討してみましょう!

(つづく)

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